二つの昔話

「竹女が暮らしてるって家はここか」

 広い敷地にポツンと家が一件建っているだけだが、なぜかそこには人だかりが形成できている。

「これ何してんの?」

 数多居るギャラリーに尋ねると男は興奮した様子で答える。

「5人の貴公子が求婚したんだが、かぐや姫は優劣を付けられなかった。そこで出された条件が指定した物を持ってくること。期限日の今日、貴公子たちが続々と戻って来たってわけだ」

「分かりやすい説明ありがとよ」

 桃太郎は男の肩を叩いて労うと、群衆を掻き分けて前へ前へと進む。


「あれがかぐや姫か」

 面食いの桃太郎でもぐうの音も出ないほどの美人に、ここに来た目的も忘れて(よっしゃぁっ!)と心の中で叫んだ。

「天竺で発見した仏の御石の鉢です」

 着物姿のまま僅かに前屈みになったかぐや姫は、貴公子が持ってきた品をまじまじと眺める。

「偽物です」

 興味を失ってプイッとそっぽを向いた。

「そんなバカな──」

「のけぇぇぇぇーーい!」

 熊をも凌駕する屈強な肉体の翁が、貴公子の襟首を掴んで投げ捨てる。高らかに宙を舞った貴公子は群衆の波に受け止められ、クラウドサーフの要領で前方に押し戻された。


 無残な姿を目の当たりにした貴公子たちは逸品を出すことに怯んだが、

「どうされましたか?」

 かぐや姫の柔和ながら圧のある表情に負けた。


「蓬莱の玉の枝を持って参りました!」

「これも違います」

「どかんかぁ!!」

「火鼠の皮衣を──」

「いいえ」

「じゃまだぁ!!」

「龍の首の玉は諦めるとのことです」

「はぁ……」

「かえれぇ!!」

「燕の子安貝も取れませんでした」

 かぐや姫は無言で首を振る。

「死ねッ!」

(このマッチョじい、とうとう言いやがった)

「今回はご縁がなかったということで!」

 翁が凄みを利かせると貴公子たちは脱兎の如く逃げ出した。


 下がろうとするかぐや姫に桃太郎が待ったをかける。

「あんたに用事があって来た」

「誰じゃお前は!」

 鬼よりも遥かに迫力のある翁の巨躯にも一切動じない。


「俺は桃太郎だ!」


「……誰じゃ!!」

 ここにも桃太郎の逸話は届いておらず、群衆が哀れな青年を指差して笑う。

「とにかく大事な話があって来たんだ。どいてくれマッチョじい」

「貴公子でもない只の男が無礼だぞ!」

 異端な存在に興味を持ったのか、かぐや姫が踵を返して桃太郎の前に立った。

「わたくしとの結婚を希望するのなら、万病を治すと言われる巨大なサルノコシカケを取ってきてください」

「いや、結婚っていうか──」

 少しでも近づこうとすると翁に遮られてしまう。

「わかった、ご所望の品を持ってきてやるから。そしたら俺の話聞いてくれよ!」

「お待ちしております」

 桃太郎は親指を立てて勝算があることをアピールした。

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