ヒーローの秘密物語④




今まで身近な人に危険が迫ったことはなかった。 見ていないところで何かあった可能性はあるが、栄輝の耳には届いたことがない。

無関係な人を助ける時も義務感のようなものに背中を押される場合が多く、アメーバの被害者を目の当たりにしてもそれ程心を痛めることはなかった。

それはやはりアメーバが人の身に危険を及ぼすことがなかったからということも大きいだろう。 活力を奪われたとしても死ぬことはないし、そのうち日常生活に復帰できる。

ただそれはあくまでそう見えるだけで彼らにあった夢も希望も失われ、ただ無気力に生きるだけの人形のような人間になってしまう。 そして、身近で大切な人に初めてそれが迫ったのだ。

そう考えていた時には既に遅く、咲良は栄輝の名を呼ぶとその場にバタリと倒れ動かなくなった。


「咲良!!」


栄輝はギリギリ変身できたため活力は吸い取られなかった。 慌てて咲良へ駆け寄り肩を揺すってみるがピクリとも動かない。


「おい咲良! 目を覚ませ!!」

「・・・」


何度と見たアメーバ被害者の症状と全く同じだった。 今は気を失っていて目が覚めた時に活力を奪われたことがハッキリする。


「くそッ!!」


咲良を校舎にもたれかけさせアメーバに向き直した。 アメーバは活力を奪えないヒーローには向かってこない。 次の獲物を探しどこかへ行こうとしていた。


―――絶対に許さねぇ・・・ッ!


走り出しアメーバにあと一歩と迫った時ふと嫌な予感が過った。


―――ヒーローの正体がバレたらどうなるんだ?

―――今完全に変身したところを咲良に見られたよな。

―――バレても特に支障はない・・・?


バレても変身が消えるわけでもなかった。 活力を奪われたような感じもしない。 ただ現状がどうなっているのか、栄輝にはよく分からなかった。


―――とにかく、このまま放っておくわけにはいかない!


多少不安が残る中意気込んでアメーバに立ち向かった。 ダメージを与えられることも確認できる。


―――咲良だけには絶対にアメーバを近付けたくなかったのに。

―――まさかこんなことになるなんて・・・!

―――咲良を救うことはできないのか?

―――活力を戻す方法は!?


活力を戻す方法が分かっていたら苦労しない。 戻す方法は今でも研究者が調べているが見つかっていないという。


―――来年の今頃は咲良は音楽の専門学校へ行って必死に勉学に励んでいるはずだった。

―――だけど夢を目指す気力がなくなってしまえば進学することも不可能になってしまう。


アメーバに怒りをぶつけるよう無心に攻撃を加え、そしてトドメを刺した。 変身を解くと咲良のもとへと駆け付ける。


「咲良・・・!」


何度声をかけるも反応がない。 しばらくすると足音が聞こえ数人の教師が現れた。


「生徒がいるぞ!! おい、大丈夫か!?」

「さ、咲良はおそらくアメーバに活力を取られました!」

「その肝心なアメーバはどこにいる!?」

「分かりません。 いなくなった咲良を捜しにここへ来た時には既に咲良一人でした」


自分が倒したとは言えず適当に誤魔化した。 この後は先生が手分けして校舎や学校の敷地内を見回り、アメーバがいなくなったことを確認すると生徒を校舎へ入るよう促した。


「とりあえず保健室へ移動させよう」

「俺が運びます」


責任を持って栄輝が咲良を保健室へと運んだ。 先生たちが見回りへ行くのは危険だが、栄輝はアメーバが退治されてもういないことを知っていたため止めることはしなかった。

新たなアメーバに遭遇する可能性はある。 しかし、そんなことを言っていたらどうにもならない。


「栄輝!」


保健室へ行こうとすると奨がやってきた。


「二人共いなくなったと思っていたら・・・」


奨はぐったりしている咲良を見つめる。


「俺が駆け付けた時には既に活力を吸い取られていたんだ」

「・・・咲良さん、毎日頑張って歌手を目指す勉強をしていたのに本当に可哀想だね」

「ふざっけんなよ!! どうして咲良がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ・・・ッ! 夢や希望を吸い取るって何なんだよ!!」

「・・・栄輝。 ごめん」

「どうして奨が謝るんだ? 奨が謝る必要なんてないだろ」

「いや、僕も咲良さんがいないことに気付いて捜しにいっていたら、こんなことにならなかったのかもしれないと思って」

「そしたら奨が被害に遭っていたかもしれないだろ。 二人がアメーバの被害に遭ったなんてなったら、俺はもう耐えられねぇよ」

「・・・」


奨と一緒に保健室へ入りベッドに横たわらせた。 その時咲良が目覚める。


「ん・・・」

「咲良!? 大丈夫か?」

「・・・栄輝くん? どうしたの? 大丈夫って何が?」


咲良はふわふわとした笑顔を見せてきている。 活力を吸い取られ気を失った人は何度も見てきたが、実際に活力を失った人と話すのは初めてだった。

皆吸い取られた記憶はないため自然体でいると話では聞いている。


「具合はどうだ?」

「具合? んー、ちょっとまだ眠いかなぁ」

「そうだ! 歌を聴かせてくれよ! 昼休みに俺に聴かせようとしていたさ!!」


栄輝からしてみれば、咲良が活力を奪われていない可能性を追う願い。


「歌? ・・・どうしてそんなことしなきゃならないの?」

「オーディションで歌った曲を聴かせてくれるんだろ!? 今朝そう言ってくれたじゃないか!」


そう言うと咲良は寝返りを打ちながら言った。


「うーん・・・。 何かもう何もかも面倒くさくなっちゃった」



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