ヒーローの秘密物語③
朝から巨大アメーバ騒動があったが、日常に変化はない。 学校は普通にあるし、授業も普通に行われる。 もっともホームルームに恒例のようになった注意喚起はあったがそれだけだ。
当たり前になり過ぎて、気を付けながら生きていくことしかできないのだ。
―――もし俺がヒーローだってみんなが知ったらどうなるんだろうな。
―――まぁ、その時はもうヒーローじゃなくなってしまうけど。
授業中栄輝はぼんやりと教室を見渡していた。 そこで奨が目に入る。
―――・・・何やってんだ、アイツ?
奨は暇なのか栄輝に訳の分からないアピールをしている。 これはいつものことで、栄輝を笑わせれば怒られてそれが面白いと思っているのだ。
変な顔をしたり意味不明な落書きを見せてきたり、視線を逸らせば物凄く残念そうな顔をするため逸らすわけにもいかない。
―――あ、これは・・・!
―――よし、もう少しそのまま・・・。
そう思った瞬間、奨の後ろに迫っていた教師に丸めたプリントで頭を叩かれていた。
「あいたッ」
「その紙に書かれた顔、もしかして俺のことじゃないだろうなぁ?」
「あ、えっと・・・」
「俺はこんなに鼻毛出とらんわッ!!」
「でも少し・・・」
「・・・!?」
予想通り奨は先生に怒られた。 しかし先生の鼻の毛には思うところがあったクラスメイトも多かったらしく、ドッと笑いが起こる。 いつも通りの光景だと思っていた矢先一人の男子生徒が叫んだ。
「アメーバだ!!」
その単語に笑い声はピタリと止まった。
「本当か!? どこにいる!?」
―――この学校の近くに出たのか?
生徒たちは一斉に窓際へと移動し確認した。 確かに学校の脇にアメーバがいてこちらへ向かってきている。
「マズい、本物だ!! アメーバだ! アメーバが出たぞー!! みんな、落ち着いて避難の準備をするんだ!」
先生が廊下へ向かって叫んだことにより学校中にすぐさま広まった。
「アメーバなんて実物初めて見たんだけど!!」
「ウチらよりも大きくない!?」
生徒がざわつく中、栄輝は静かにアメーバを見据え観察していた。
『生徒は至急グラウンドへ逃げてください。 アメーバは裏門へと移動している模様です』
校舎内にいると鉢合わせた場合に危険だと判断したのだろう。 アメーバの厄介なところは壁などを挟んだとしてもほとんど意味がないことだ。
その攻撃範囲に入り、アメーバが対象に気付けば気力を奪われてしまう。 これも自衛隊や警察が対処できない理由の一つ。 そのアナウンスが流れると皆は一斉に教室を飛び出した。
「みんな! すぐに教室から出るんだ!!」
先生の指示で避難していく。 おかげで廊下や昇降口は混雑していた。
「栄輝くん・・・!」
「咲良! 大丈夫か?」
「うん・・・」
不安そうな表情を見せる咲良。 このまま活力を吸い取られたらと将来のことに不安を感じているのかもしれない。
―――俺だけ単独行動したらきっと怪しまれる。
―――こんな状況で呑気に点呼はしないと思うけど、一度グラウンドへ行ったらこっそり抜けてアメーバを探しにいこう。
―――奨は・・・?
奨は既に先に行ったようで合流できそうになかった。
―――奨に咲良を任せるのが一番安心するんだけどな。
―――でも奨がいないなら自ら少し距離を取らないと。
そう思い何気なく咲良から距離を取った。 咲良の視界内にいるとグラウンドから抜けられそうにないからだ。
学校にアメーバが入ってきたことはないが、避難訓練は何度もしているし、街中でそういった経験を積んだ者もいる。 混乱していたにも関わらずスムーズに避難できたのは日々の賜物だと言えた。
避難先のグラウンドからはアメーバの姿を確認することはできないが、生徒は声を潜め話している。
アメーバに耳があるかは分からないが、音には反応することが確認されていて居場所がバレてしまう可能性があるからだ。
―――アメーバがグラウンドへ来てしまう前に早いうちに行こう。
生徒や先生たちの目を盗み栄輝はグラウンドからこっそりと抜け出した。
―――裏口へ向かったって言っていたよな?
栄輝は裏口を目指して走る。 しかしその行動が見えなくとも、栄輝がいないことに勘付く者がいた。
「あれ・・・? 栄輝くんはどこ?」
咲良である。 しきりにグラウンドの生徒たちを見渡しているが、栄輝の姿は見つかるはずもない。 先程まで一緒にいたことから、間違いなく避難すればここへ来るはずなのだ。
「もしかして置いてきちゃった・・・!?」
そう思った咲良もグラウンドからこっそりと抜け出し栄輝を捜しにいった。 そしてその栄輝はというと、アメーバの姿を確認するところまで来ていた。
―――いた・・・!
―――あそこは職員専用の昇降口か。
―――学校に入られるギリギリで見つけてよかった。
ワイシャツの袖を捲った。 腕時計に手をセットする。
―――俺がいないっていう騒動になる前に片付けないとな。
「おーい! こっちだ!!」
アメーバにだけ聞こえるくらいの声量で気を引く。 アメーバの知能は低く、獲物を見つければ一直線で向かってくることが多い。 これでどうやら校舎内に入ることを留められたようだ。
アメーバは栄輝に近付いてくる。
『変身』
そう発しながら自らも向かおうとした時、すぐ背後から誰かが歩み寄る音がした。
「栄輝、くん・・・?」
「・・・え?」
咄嗟に背後を見るとそこには咲良が立っていた。 変身は途中だったが、タイミング的には明らかに顔を見られている。 だがそれよりも嫌なことが頭を過った。
―――マズい、咲良が今いるところはアメーバから10メートル以内・・・ッ!!
咲良はアメーバの存在に全く気付いていなかった。
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