第31話 DAY25

 ここに行くのはいつぶりだろうか。たしか近畿私学以来だから、たぶん3ヶ月ぶりだ。そして今日は、俺の誕生日でもある。


「奏、誕生日おめでとう。1つ歳とったな笑」

「奏先輩誕生日おめでとうございます笑」


行っていきなり、同学年のやつにいじられる。ほんとこいつら、いい性格してやがる。プールサイドに行ってからもそう。


「奏太郎、誕生日おめでとう!」

「じゃあ、今日はベスト出るな!」


どういう原理だよと言いたくなるが、とりあえずありがとうとだけ言っておく。言ってきたのは中学の後輩。ちなみに仲がいいのでタメ口を許している。そして、


「奏太郎は今日誕生日らしいな。いいタイムもちろん出るよな。」


うちの顧問である。本当に無理の多い顧問だ。


 いつもは25mプールで練習しているので、50mプールの練習はやっぱりキツい。さっきから何回もサークル(制限タイム)に間に合ってないし、中学生にも負けている。ここまでは想定通りだが、意外なのはとにかく足が死にそうなこと。ターン後の飛び出しが少ない分キックを打っているので、足はもうちぎれそうだ。


「はぁ、休憩、はぁ、だよな?」

「そうそう、とりあえず、一旦休める。」


プールから上がって、トイレに行く。そして叫ぶ。


「キッツ!」

「分かるわぁその気持ち。なんで長水(50mプールのこと)なのに短水(25mプールのこと)と同じサークルやねん!」


隣にいるピー也は吐き出すように言う。このイライラっぷりからして、今日のカラオケは楽しくなりそうだ。


 そして今日のメイン練習。100m×10のオールハード。隣はピー也。おそらくぜんぶ勝負しろと言うことだろう。もちろん全勝するのだけど、いつもの倍は疲れている。よく、頑張った方だと自分で慰めてみる。少し気持ちが軽くなった気がした。


 練習が終わって、カラオケに移動。今日は堺筋本町にあるところ。楓も来るか誘ったが来ないらしい。残念だ。


 今日は俺の誕生日だから、カラオケ代はピー也が払ってくれるらしい。改めていい先輩だなと思う。歌うのはいつも通り交互に。今日は3時間あるので、2人で20曲ずつぐらいかな。自分のプレイリストを確認しながら、喉が潰れるまで歌った。


 家に帰っても、誰もいない。それが俺の誕生日の普通だ。ケーキなんか小学校の時から食べていない気がする。


ピンポーン


突然インターホンが鳴った。時間は夜8時。宅急便か何かかな。


「奏、起きてる?今日死にかけてたから食べる気分じゃないと思うけど、ケーキ作ってみた!食べよ!」

「あぁ、楓か。とりあえず鍵開けるから入れ。」


鍵を開けると待っていたかのようにドアが開き、部屋着姿の楓が入ってきた。


「2回目だけど改めて、誕生日おめでとう!」

「ありがとう。てかそれ、ホールじゃねぇか!」

「だって、奏のお母さん、昨日誕生日だったでしょ?だから、まだ何もあげてなさそうな奏のために作って来たのよ。」


頑張って作ってくれたのは俺にでもわかる。彼女の手には切り傷がいっぱいあった。やっぱり無理するな。そうとは言えず、ありがとうだけが口からこぼれた。


 コーヒーを淹れて、ケーキをカットする。食べる人が少ないので4分の1にした。


「「いただきます。」」


1口目を食べる。ホイップのほのかな甘みといちごの酸味が絶妙にマッチしている。さっきまでは少し心配だったが、本当に美味しい。


「ふふっ、美味しそうな顔してる。」

「そうか?」

「ニヤついてるもん。初めて作ったけど、上手くできて良かったぁ。」


少し照れくさいが、今日のお返しとして俺のこの顔は隠さないであげよう。そのあとは、2人でゆっくりしていた。楓はおばさんから『まだ?』と呼び出されたので、そのタイミングで帰った。俺は机の上に半分残っているケーキを見る。そのケーキを皿に移してラップをする。下にメモを挟んで寝た。


 ハッピーバースデー俺、そしてありがとう…


〇〇〇〇〇


 今日も帰りが遅くなってしまった。最近は奏太郎とあまり話していない気がする。そして今日は奏太郎の誕生日。祝いたかったけど、残業もあって帰れなかった。ごめんね。


 鍵を開けて中に入る。リビングは真っ暗だった。やっぱりもう寝ているみたいだ。電気を点けると、テーブルの上に最近見ていなかったものを見つける。誕生日ケーキ。おそらく楓ちゃんに祝ってもらったんだろうね。よく見るとメモが挟んである。


『1日遅れでごめんね。あと、お疲れ様

             by奏太郎、楓』


私の息子とその幼なじみが優しい子で良かった。

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