クローゼットの闇 剣の杜

@Talkstand_bungeibu

第1話

あるマンションの一室、その一室のとある部屋のクローゼットの中、真っ暗闇の中でちょっとした会議が行われていた。


「さて、私の霊障によって死んで晴れて下僕になった下僕一号よ、お前に死霊の何たるかを教授する!!」

「霊障って、ポルターガイストで包丁を心臓に無理矢理ぶっさした力技でしょーに、綾乃さん」

「手段は構わないの、の力で死んだことが重要なの。じゃないと、私の眷属にならないのよ、下僕一号」

「下僕一号って、僕には亮介って名前があります」

「口答えしない。今日は次の犠牲者がやってきたのでどうやって殺すか考えます」

「えぇ~、僕人殺しとか嫌なんですけど・・・」

「だまらっしゃい、まずは生活パターンの観察からよ。一番恐怖や憎しみを感じるときに死ぬのが強い死霊の条件なのよ」


そういって、綾乃はクローゼットを僅かに開き、さらにリビングへ続くドアをポルターガイストで開く。少し、視界は狭いがリビングまで眺めることが出来る状態が出来上がった。その先では、先日引っ越してきたカップルの男性が輪にした麻ひもを天井から垂らし首にかけ、今まさに乗っている台を蹴り首つり自殺をしようとしているところだった。


「わ~~~っ!?早まるな~~~っ!!」


綾乃が再びポルターガイストを操って、台所から包丁を飛ばし麻ひもを切り飛ばす。男は床に落ちると、何が起きたのかと周囲を見回す。そこを綾乃が三度、ポルターガイストを操り、クローゼットの中へと引き込む。


「あんた、自殺なんて何考えてんのよっ!! せっかく事故物件に住むなら霊障で死になさいよ!!」


クローゼットの闇の中、開口一番、綾乃が叫ぶ。


「綾乃さん、言っていることが支離滅裂」


その霊障で死んだ亮介が複雑そうな顔で突っ込みを入れる。すると、男が生気のない顔を上げる。


「霊障…、事故物件って噂は本当だったんだ!頼む、僕を殺してくれ」


そう言って、綾乃につかみかかろうとするが幽霊なので当然、触れることはできずすり抜けてしまう。あまりにも死にたがっている様子に、2人は思わず訪ねてしまった。


「「なんでそんなに死にたがっているの?」」


その言葉に男が俯きながら独白を始める。


「実は婚約をしていた彼女が浮気をしていて、しかも浮気相手の子供を妊娠したから婚約破棄をしてくれと……」

「うわぁ、典型的な修羅場…」


話を聞いた亮介が引きながら思わず呟いた。だが、綾乃はそうではなかった。


「はぁ? あんた、そんなことで自殺しようとしてたの? そんな女、こっちから捨ててやればいいじゃない。それか、この部屋に連れてくれば霊障で殺してあげるわよ」

「だけど、僕には彼女しかいないんです。彼女と一緒になれないのなら死んだほうがましです」


弱気な声で話す男に2人は困ってしまう。そんななか、亮介がぽつりとつぶやいた。


「死ぬほど怖い思いさせたら、ちょっとは溜飲が下がる?」

「お、それおもしろい案じゃない」


綾乃が乗ってきた。男をおいて話がポンポンと進んでいく。そして、


「なんでもいいから、浮気女と相手の男連れて来なさい。そっからはあたしたち死霊の出番よ」


綾乃が血の気のない顔にやる気を漲らせる。こうして、男は元彼女に電話し、どうにか彼氏とこの部屋に来るように仕向けていった。


「何とか、ここに来るように連絡付けることが出来ました」




そして2日後の23時半、奇麗だがどこかキツめな雰囲気を纏う女性と、大柄で粗野な雰囲気を纏った男性が部屋を訪れた。自殺をしようとしていた男にはクローゼットに隠れて、今から起こすことを見てもらうことにした。


「ったく、あいつからのメールが届くなんておかしいだろ?」

「知らないわよ、後から届くように何か仕掛けてたんじゃないの? あいつIT系の会社勤めだったし」


2人は勝手知ったる我が家といわんばかりに中に入ってくる。2人がリビングに入ってきたところで、亮介が騒霊現象を利用して、入り口に物理的にと霊的にロックを掛ける。これで、事が済むまでこの2人はこの部屋から出ることはかなわない。


「おい、なんか今変な音がしなかったか?」

「私には聞こえなかったわよ、あいつからの呼び出しだからって気にしすぎじゃない」


そう言っているうちに今度は綾乃が騒霊現象で風呂場のシャワーを出す。


「なっ、なんだ!?」

「お風呂場の方から音が聞こえる、行ってみましょう」


男の方は怯え始めるが、女の方は気が強いのか意に介せず、風呂場へとかけていく。風呂場を2人が開けるとシャワーが誰に触られたわけでもなくひとりでに出ている。風呂場は入り口の近くで、シャワーの栓をひねり、逃げようとしてもリビングから簡単に見つかってしまう。彼ら以外の3人目がいることは考えられないのだ。


「な、なぁ、確かこの部屋事故物件だって噂があるって言ってなかったっけ」

「あ、あくまでも噂よ、噂。どうせ、隣の部屋とかってオチじゃないの?」


2人がこの状況に違和感を感じ始めたところで、綾乃がシャワーの横の姿見に2人の後ろにたたずむように自分の姿を映りこませる。


「なっ!?」

「ひっ!?」


気づいた2人が後ろを向くが、そこには誰もいない。だが、姿見の綾乃は少しづつ、2人へと歩みを進めていく。


「に、逃げろ!!」

「この部屋から出るわよ!!」


パニックになりながら2人は部屋から出ようとするが入り口のドアノブは固く、ドアが開くことはなかった。出れないと悟ると、2人はリビングに走っていく。目指すのはベランダだ。外に出れば、緊急避難用の梯子がある。だが、そんなことは見通し済みだった。ベランダへの戸も騒霊現象でロックしてある。その間にも、風呂場の方からヒタヒタと湿気を伴った足音が聞こえてくる。


「扉閉めて!!」

「そんなのでどうにかなるのかよ!?」

「やらないよりましでしょ!!」


怪現象が起きていることを認識した2人からは余裕は消えさっている。リビングのドアを閉めると、テーブルをバリケード代わりに押し付ける。しかし今度は、電気が激しく明滅し、リビングの食器が宙に浮き飛び回る。


「なんなの!! なんなのよ、これ!!」

「あいつの怨みがこんなことを引き起こしてるのか!?」


引き出しもガタガタ音をたて飛び出し、リビングが滅茶苦茶になる。だが、それが、一斉に止まった。2人は身を守るためにしゃがみこんでいたが、騒霊現象が止まるとゆっくりと立ち上がりリビングを見渡す。飛び回った食器が落ち、割れて散乱しているが、隣の部屋へ導くように食器などが落ちていなかった。2人は恐る恐る隣の部屋へと向かう。隣の部屋にはタンスとクローゼットがあった。クローゼットは少し開いていて、闇が覗いている。


「な、なんだよ。なんかこの部屋気持ちわりぃ」

「もう、なんなのよ……」


2人ともだいぶ精神的に参ってきている様子が手に取るようにわかる状態になってきた。ここでとどめとして、綾乃が自分が殺された姿でクローゼットから這い出る準備をする。だが、自殺をしようとしていた男がそれを止めた。


「僕が行きます、その方が2人は怯えますから」


綾乃は疑問符を浮かべながらも、


「んー、まぁ、そういうんならいってみよー。ダメだったら私が出るわ」

「はい、ありがとうございます。では行ってきます」


そう言って、クローゼットから男が這い出ていった。


「ひ、洋!?」

「そんな、手前死んだはずじゃ?」


2人がいった事実に、綾乃と亮介は驚く。あまりにも、生きている人間と変わらず霊体とは気づかなかった。


「死んだよ、僕は。それでも死にきれなくて、君と住むはずだったマンションでもう一度死のうとしてたのさ」


洋と呼ばれた男の頭蓋は割れ、脳が見え、眼球も飛び出ている。みたくれから、かなりグロい姿だ。恐らく飛び降り自殺を図ったのだろう。足の骨も折れているのか、ゆらゆらと揺れながらゆっくりと2人に近づいていく。


「怨むよ、2人とも。杏子もアンタも」


ゆっくり近づいていくが、2人は恐怖で動くことが出来ない。こちらも折れているのだろう、肘先より折れた腕を杏子と呼んだ女へとびちゃりと湿った音ともに叩きつける。そして男の方にも。もはや、恐怖で声を出すことが出来ない2人に洋は怨みをこってり塗りこめた声でこう言った。


「貴様らは不幸になれ、子も孫も、お前の一族末代まで!!」


そこで、恐怖の限界が来たのか2人はプツリと糸が切れたように気絶してしまった。それを見て洋は満足そうな笑みを浮かべると、姿をもとの生前の姿に戻した。


「お前、とっくに死んどったんかい。死霊の癖に自殺しようとするからてっきり生きているのかと思ったぞ」

「僕もてっきり生きているものだとばかり思っていました」

「すいません、僕も死んでいることを思い出したのはついさっきだったもので」


洋はすまなそうに綾乃と亮介に謝る。


「んで、とりあえず成仏は出来そうなのか」

「とりあえず、気は済みましたので多分」

「自殺だから、地獄行きだろうけどな…」

「あはは、それは覚悟の上です」


そう言う洋の姿が少しずつ薄く透けていく。


「まぁ、私たちも怨霊生活楽しんだら、そっち行くだろうし待っててくださいな」


綾乃が軽口を言う。その怨霊生活に付き合わされた挙句、地獄行きとなる完全にとばっちりな形の亮介は浮かない顔だ。洋はそんな2人を見ながら笑みを浮かべながら消えていった。




こうして、あるマンションのクローゼット付きの一室は心霊物件として有名になり、怖いもの見たさで入居するものが後を絶たなかったが、1週間として持つ者はいなかったそうだ。

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