第38話

ドカドカとわざとだろうとわかるほどに足を踏み鳴らして近づいてきたな・・・とエルンも苦笑いだ。


騒がしい男だと思うがこの男がエルンの幼馴染でもあり唯一の友だ。


まあ確かにエドが引き受けてくれたから俺がヘザー嬢の手を取らずに済んだのだが。


俺自身もあの、女を全面に出した姿も香りも佇まいも苦手だ。






「しかも、ヘザー嬢とか!!おまえジャネットのこと忘れてないだろうな恐怖だろ?俺にどうしろっていうんだよ。踊っている間中お義兄様になっていただけると思っていたのにとか、寂しいですわとか、姉がまだアズムデル様のことをお慕いしておりますのよとか怖いこと言うし!!」






エドは恋愛結婚だ。俺と同じく愛してやまない奥方がいる。


今の若さで宰相補佐でエルンの幼馴染。しかも公爵令息。毒舌だがそれは隠し遂せるものだし何しろ金髪碧眼の美男子だ。


あのエルンを狙っているヘザー嬢の姉君であるジャネット様に散々付きまとわれていたが自分は初志貫徹で初恋の君であるエリーゼル様と結婚した。


エドが乞うて乞うて乞うての結婚だったため周りも納得だったのだがジャネット様が散々エリーゼル様に悪態をつき、罵り、エドが盛大にキレた。


エドはさっさとかの令嬢の政略結婚をまとめてきた。






その後、エドの逆鱗に触れたため表向きには請われて他国の王族に政略結婚として嫁いだといった体だったものの、その実態は売られたに近い。


もちろんそんな結婚生活うまくいくはずもなく結婚した相手は仕事に忙殺されているのをいいことに捨て置かれているらしいとは聞いている。あまり望まれてはいないようだったが国との間の婚姻のためもちろん離婚も許されることはない。


しかたない。国益のためだからなと向こうに大分たかられたとは聞いているがエドはそれでも全く構わなかったらしい。エリーゼル様のためだし国益があったのだから。


戦争にならないように国の架け橋として嫁がれたのだからと真顔で話すときには俺の背筋も凍った。






こいつも怖い男だ。








だがしかし他国の王族に嫁いだためエドを忘れきらず今でも虎視眈々とエリーゼル様の座をねらっているというのは嘘か真か。


エリーゼル様と言えばのんびりとしたお方でなるほど毒舌のエドが骨抜きにされる意味もわかる。


非常に愛らしい、少しふっくらして若々しい奥様だ。


とても二児の母には思えないしな・・・。


もちろんアンヌが一番美しい。だいたいアーノルドほどの大きな息子がいるようには思えない。


わが妻のことを考えると自然とにやにやしてしまうので仕事中は控えているのに・・・。




そんな俺の顔を見てエルンが一言。


「アンヌのことを考えずに今はエドの話だぞ。」と言って笑う。


クスクスと笑いながらエルンがエドに向かって話を振った。




「ああ、ヘザー嬢だったか。まあお前に投げてしまったのは悪かったと思っているけど・・・お前まだジャネットに狙われているのか?」


そうくくっと笑うエルンは心の底から嬉しそうだ。


ジャネットというヘザー様の姉君はエルンたちと同学年でありエルンよりもエドに首ったけだったからなぁ・・・。


エルンは元々ジャネットのことを憎んてもいなければ嫌ってもいない。


どうでもいいといったほうが早いだろう。


エドをからかうときにしか名前もはっしないのでもう顔なんかきっと覚えていないだろう。


でも自分に興味を示さないジャネットは見ていて面白かったらしく、エドが逃げ回るのをいつも笑っていたな・・・。






まあ、少し遅い初恋を経てエリーゼル様と思いが通じ合った後に嫌がらせをされるのを回避するために半ば強引に政略結婚を他国とまとめたのはエルンもだ。


そして嬉々としてそれを手伝ったエド。


つまりはジャネット様は国の最も高貴な人間に飛ばされたということだな。


俺は何も言わずただ、ああ、ジャネット様は二度とこの地が踏めないだろうなと解ったことくらいだ。


何しろ再三につぐ連絡に対しても我が国はこの国の地を踏むことを良しとしていない。


王族ともなればなおさらだ。


というかそういった体ということだろう。






対して嫌そうな顔をしたエドはうえーっと吐く真似をする。


「絶対にこの国の土はもう踏ませないよ。俺が阻止すると言ったら阻止してやる。あちらで未来永劫幸せに過ごしていただこう。」


恐ろしいことに美青年の凄みというのは迫力があるものだなぁ。と苦笑いだ。


まあ・・・それだけの力も能力も持っている男だ。


本当にこの国の土を踏ませることはないだろう・・・どんな手を使ったとしても。


たとえジャネット様


エリーゼル様と愛息と愛娘に危害が加わることになればこの男はなんとしてでも地の果てまで追ってでも犯人を根絶やしにするだろう。






「それにしても。」






と、エドがエルンの正面にひたと陣取った。


何を言い出すのかと思っていれば、ニヤニヤした笑み崩れた顔でエルンを見ている。


嫌な予感しかしないがとりあえず促すことにしてみようか。


「何だエド?エルンになにか言いたいことがあるのか?」


三人でいることも多いため俺もエドには敬語は遣わない。エドに年上の俺に敬語使われたら嫌だからなんとか普通に話せと言われたためだ。






「ふふふ。エルンにもやっと春がきたのかと思ってさ。」


そんなことを言われたエルンは、不思議そうな顔をしている。本当にどういったことだ?と問いたげな顔をしている。


「隠すなよ、ナディアレーヌ姫のことだ。」


「だから春が来たとはなんだ?」


・・・エルンが本当にわからないと言った風に首を傾げる。






俺は吃驚した。


え?エルンは全く自分の気持ちをわかっていないということか?


あれだけあからさまにしておいて?今までと全く違う態度をとっていながら?は?


そしてエドもこれ以上無いくらい口を開けている。






美貌な青年が間抜け面をしたからって見苦しくなるわけじゃないんだと思った。


美形は何をしても美形なわけだ。


きっと俺の口も開いているんじゃないかとおもう 。


エドがパクパクと俺に何かを言いたげにしているので何も言えずにただコクコクとうなずいた。


何だうなずくだけって?間抜けすぎる・・・。


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