第37話
それからエルンは涙も断った。
ルーがなくなった後には冷徹さがまし、そしてそれに伴い硬質な美貌が更に磨かれた。
国王になったときには早く伴侶をということでひっきりなしに夜会も開かれたが、誰にも心を開こうとしなかった。
愛する人を得るように勧めてみたが苦笑いされるだけだった。
そして躱している間に夜会の時に必ず体調を崩すようになった。
必ず令嬢に囲まれた後。そして、その理由は直ぐに判明した。
誰にもなびかないエルンに業を煮やした令嬢やその親がエルンに媚薬を盛ったのが原因だ。
エルンに薬が効かないことは皆知らない。
媚薬ももちろん効かないがその後に必ず吐き気をもよおすのだ。
「何故わたしを放おって置いてくれないんだ?わたしを愛しているわけじゃないだろう?私の地位が欲しいだけだ。うんざりする。」
吐き続けながらうつろな目で俺の顔を見るエルンの背中を擦りながらルーの言葉を思い出す。
助けなければ・・・国王として女性を避けるわけにはいかなくても媚薬を盛られないように何らかの手を打たねばならない。
アンヌを夜会の時のカモフラージュにすることにしたのはみんなとの意見が一致したからだ。
影の一族みんなの意見でアンヌが数名を選び夜会の度に側にいるようにした。
エルンの心を守るためにはもう手段を選んでいる時間はなかった。
皆結婚していたり子供がいたり、仕事命だったりしたが、何よりもエルンの美しさに靡かない者を選んだ。
結婚していようが子がいようがエルンの桁違いの美しさの前には何もならないのだ。
以前既婚者の侍女がいたがすっかりとエルンの美しさの虜になってしまい、気が触れたようになり結局エルンの寝込みを襲ったことが原因で粛清された。
だがしかし探せばいるもので、エルンが美しいことは事実として捉えながらも全く自分の趣味性癖にも絣もしないという猛者の影をアンヌは自分を抜きにして五人選びだした。
あるものは背が低く小太りでないとだめであるとか、あるものは不健康で不幸そうな頬がコケたものではなければときめかず、あるものはゴリゴリの筋肉バカであるとか、あるものは女性しか愛せないもの、そして何故か禿げていて60代以上ではなければときめかないもの。
ありとあらゆる趣味趣向を網羅していて、聞いている間に世の中には色んな趣味嗜好があり、アンヌが己を選んでくれたことが奇跡だということも身にしみた。
アンヌはどうかとは心配したことはない。
恥ずかしながらアンヌは私以外に男性として興味を持つものがいないと信じているし、エルンに至ってはもはや弟的な扱いだった。
それにエルンがもはやアンヌを女性ではなく影として気に入っている。なんとも果報なことである。
そしてそれは我が息子アーノルドもそうだった。
美しさに盲信しているわけではない。ただただ好きなだけという(兄のような存在として)なんとも不思議な理由でエルンの側にいたがった。
そしてそれを許したのだけども、その場を離れろと言った時にアーノルドは烈火のごとく怒り狂った。
申し訳ないとは思ったが父は神と約束してしまった故・・・と諭せば。
「エルンハルト様が・・・くっ・・・エルンハルト様のご命令であればナディアレーヌ姫をお護りします。エルンハルト様のお側にいたいですが・・・。」
と、明らかにふくれっ面で言うものだから。
しつこくも何度も何度もエルンハルトエルンハルトと、しかもうるさい。
だがそんなアーノルドをエルンはとても可愛がってくれている。
エルンが可愛くて仕方がないと言った風にアーノルドの髪をくしゃくしゃっと両手で撫でてそのまま抱きしめて言った。
「アーノルド。わたしの側にいて守っていてくれて嬉しい。だがナディアレーヌ嬢はわたしの大事な国賓で大事な替わりのない人だ。だからわたしのそばに居れなくてもわたしのそばにいると思って仕えてくれ。」
少年と青年の間にいる息子は俺が見ても目を引く容姿をしている。
美しいエルンがまだ成長途中の我が息子を可愛がってギュウギュウに抱きしめているのは微笑ましくもなんとも言えない・・・なんだろう、耽美とでもいうのか?
いかんいかん・・・。
そんなことを思っていればエルンがもう一つ爆弾を落とした。
「ああそうだ。アンヌがナディアレーヌ嬢の側につく。親子水入らずにはならないが母とともに仕えてくれ。」
「え?」
ジロリ。とした目で俺を睨まないで欲しい・・・エルンが決めたんだと言えばぐっと黙り込む。
アーノルドは母が大好きだ。大好きすぎてよく見られた過ぎて手が抜けない。
だがしかしアンヌ自体は非常にできる人間のため評価も厳しい。
それ故俺が騎士の役割のときには厳しく接するが基本的にそれ以外のときにはアーノルドを甘やかしになってしまうのだが・・・。
アンヌは非常ににこやかにアーノルドに言った。
「ナディアレーヌ様は非常に聡明で美しい方だそうです。そしてあなたと歳も変わりませんが。
何があっても邪な思いを抱かないように。」
何ということを釘を差すのかと思ったがまあ確かにそうだな・・・。
エルンは面白そうに笑っていただけだ。
「アーノルドはアンヌと仲良く。そして時にはレオルドに会いに来ておくれ。レオルドに会いに来るということはわたしに会いに来るのと同じだろう?」
そう言って少しだけ首を傾げる。
小さい頃からの甘えたい気分や親しい人にだけ見せるエルンの癖。
言っている内容など非常に人誑しな一言だ。案の定アーノルドの機嫌はすぐに治ってしまった。
この美貌で本来の性格は優しく人懐っこく、更に言葉を尽くして褒める人誑し。
それも無自覚に相手の気持ちを汲んで甘やかす最強の人誑しだ。
令嬢たちに知られたらひとたまりもなく、エルンを巡って貴族令嬢の血で血を洗う戦争が起こりかねない。
だがしかしこの癖をご令嬢方の前で披露したことはない。
本当にしないでほしいというのが本音だが。
イヤーカフに触れていた手をエルンがおろした時に後ろから走ってくる足音が響いてきた。
来たな・・・と思ったらあっという間に回り込まれた。
「ひどいじゃないかエルン!!俺を撒き餌にするな!!!」
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