第33話
そうおもって恥ずかしさのあまりにふるふると震えてしまった。
そのわたくしを見てか、柔らかい声が頭の上から降ってくる。
「姫からはラベンダーと・・・。」
そういってわたくしを抱きしめたまま首筋に顔を寄せ、柔らかく息を吸ったのを感じる。
あああああーーーー何してらっしゃるんですか陛下ーーー!!というかさっきわたくしこんなことをしたんでしたーーー意趣返し?意趣返しでらっしゃいますか?
涙目になってしまうくらい恥ずかしい。
「カモミールとこれはグレープフルーツか?」
グレープフルーツ?
「グレープではなく?」
我が国には無い柑橘のようであり、柑橘系だと思うのにグレープだなんて不思議。
そう思って陛下の柔らかく囲う腕の中で顔を上げた。
首を傾げるとくくっと微かに笑う声。柔らかな笑い声にびっくりした。
からかっているわけではない?優しい笑い声・・・。
「ほろ苦く、姫の手のひらよりも大きな柑橘類だ。」
柔らかな笑顔の陛下と目があって。
「わたくしの国には無いのです。そうですかそのような名前なのですね。ほろ苦いとは苦味成分があるということですの?大きいのですわね、どれほどの質量なのでしょう?
それにとても不思議に良い香りがいたしました。皮にはなにかまた違う成分がありそうな感じで。
この香りが高くて非常に興味がありますわ。」
未知のものに出会うのはとても嬉しい。そして植物は数限りなくある。
自国では当たり前のものは他国では当たり前ではないのだ。
国を渡ってきたかいがある。ウキウキしてしまう。
くくっとまた笑われた。
「姫はそのように本当は話すのだな。堅苦しくなくて良い。そのように話してくれ。」
その後に腕の中から解放するように、陛下は手を広げた。
ふと気がつくと周りは静寂に包まれていた。
ワルツを奏でる楽器の音だけが流れていて、全視線が集中していると言っても過言ではないほどの圧を感じてしまう。
「あ・・・。」
これはやってしまったのではないだろうか。
全敵指定を受けるのではないのだろうか・・・。
背中を冷たい汗が伝う。ぎぎぎぎ。と音がしそうな勢いでお兄様たちの方を振り返ってみましたが。
笑っている。笑っているけど目が笑っておりませんわ。
これは説教コースです・・・。
「なにをしている?さあ、皆楽しみたまえ。」
そういって一度だけパン!と手を叩いた陛下の言葉を皮切りに人々が動き始める。
「さあ、姫。姫はまだ踊るのか?」
「え?ああ・・・お兄様たちが踊るのならばわたくしはもう少しここに・・・。」
「そうか。楽しみたまえ。」
そういってわたくしの手を取り口付けた後に、出口に向かうように背中を向けた。
「陛下、明日の朝参ります。」
「ああ。」
振り返らずに返事だけが帰ってきた。そう、明日からが本番だ。
そう思ってわたくしも背を向けてお兄様の方に歩いていこうと身体の向きを変えた瞬間。
「陛下、少しだけお待ちくださいませ。わたくしと踊っていただけませんか?」
少し低めの美しい声が響いたため、わたくしは意識を向けてしまった。
ああ、美しい人だなぁというのがわたくしの感想。
金髪に口元にほくろがある迫力美人さんじゃありませんか!
本当にこの国は美人さんと美形さんが多い国だなぁ・・・と、当たり前にその令嬢の手を取るのだろうと思っていた陛下の言葉に思わず固まった。
「今日は疲れたため、レオルドかエドがお相手する。失礼。」
「エルンハルト様!!」
え?踊らないのですか?こんな美人さんと?え?
それよりも険しい表情が気になった。わたくしに向けられたこと無い少し怖いお顔。
「・・・ヘザー・ウォルネット侯爵令嬢。わたしの名を呼ぶことを許したことはない。」
低い声が響いてわたくしはびっくりした。
そしてそれはその令嬢も同じようだった。
「・・・陛下。お許しくださいませ。ただ私は・・・。」
「失礼する。エド、お相手を。」
「はい。」
そういってエドガルド様が手を取りホールへと誘う。
それを陛下は振り返ることもなく。
陛下は会場を出ていってしまわれました。
ヘザー様とおっしゃられましたかしら・・・。
通り過ぎる瞬間。
まるで鬼のような形相でわたくしを睨んでいかれました。
わ、わたくしのせいですの?わたくしオープニングの曲をおどっただけですのに・・・ああ・・・
そういえば嗅ぎましたね・・・陛下の匂いを・・・やってしまいました・・・。
わたくしは知らなかったのです。
陛下が誰も腕に抱きしめたことがないことも。
そればかりか顔を寄せることも身体を寄せることも相手にみずからの行動を許すことがないことも。
そしてわたくしが。
何故か陛下の腕の中が心地よかった意味も。
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