第34話

「よかったのですか?陛下?」


「何がだ?」




解っていて言うからこの人はこんなところがたちが悪い。




「ヘザー嬢の事です。」


「ああ・・・」




そう言って興味もなさそうに呟く。




「私は彼の者が私に何をしたのか覚えているぞ。あの者が盛った媚薬の後の吐き気が一番強かった。あのようなものの手を取るのも嫌だ。」


「そうは言っても今までは踊るのを断ったことがございましたか?」


「手を取るのを断ったことがなかったが、今までがなかっただけでそれがこの一回目だっただけだ。」


そういって少し機嫌悪そうな顔をする。






「エルン・・・。」


コツコツと響く二人の足音しかしない。軽くため息を付いてしまう。


二人しかいないから今あえてそう呼んだ。


「・・・・過保護だな、レオルド。」


そういって苦笑いをこぼすエルンははたと立ち止まる。


「どうしてもヘザー嬢の手を取りたくなかった。姫と踊った後だからなおさらだ。」


その言葉に瞠目し隣のこの国王陛下を眺めてしまった。


こんな我侭みたいな事言うのは初めて聞いたからだ。


「エルン、神託の姫だぞ。お前は・・・。」


「ああ、私に縛り付けようなんて思っていない。私にはそんな資格なぞ無いだろう?」


「ああ?何故?」


俺の目に映るのは、ダスティーブルーの瞳。本来のエルンの色は銀色だ。


きれいに隠した表情の下にエルンはいつも飢餓感を抱えていることを知っている。


本当は誰かを愛したいし、愛されたい。そして側にいてほしいといつもおもっている。


でもそれを口にすることはない。そして口にすることをいつも避けている。






あの日、ルーを助けられなかったことを失ったことを。


この可愛い弟分は決して忘れない。


もう、幸せになってほしいとこんなに思っているのに。


でもその中でもふと思ったことがある。


ああ、きっと・・・




「ナディアレーヌ姫は神託のお相手だった。望むと望まざると関係なく決まったことだった。


かの姫がいなければ私は生き延びられず、姫は私を治すために自国を出られた。


そこまでしてくれる姫が私の身体が治った後自由を望まれたら私は手放すつもりだ。」






そういったエルンは無表情で。


どういった感情なのかが読み取れなかった。


やっぱり思ったとおりだ。






誰よりも高貴で誰よりも高みにいて。誰よりも美しい私の主は。


非常に臆病で寂しがりやで放おっておけない。


でも今日のエルンは今までのエルンとは違った。


それはきっと姫のせいだろうと俺は思っている。そしてそれはエルンの中でも意外なことだったんじゃないかと思う。


じゃなきゃ。




自分の気持ちに正直じゃない言葉なんか吐かないだろう。


嘘だろう?姫を手放せるなんて。


お前の本心はそうじゃないだろう?何故俺にも本当を言えないんだ?






エルンの性格は知っている。


だからきっと気がついてしまえば俺の思っているとおりになる。そうなはずだ。


そして俺はそうあって欲しいと思っている。




それが姫にとって幸か不幸かはわからない。




だがしかし我が主はきっと・・・愛する人を得ることができたならば幸せだろうと思う。


そしてそれはあの神託の姫ではないのだろうかと思うのだ。






くすっと笑ったエルンが俺の顔を見る。


「ああ、ほら。レオルドが私の心配をするからこのイヤーカフが熱を持つ。」


そう言って耳にそっと触れ、くすぐったそうに笑う。


男の俺が見ても見惚れるほどに、それは美しい笑顔だった。






それはルーと義姉がつけろと言ったもの。


花の模様が足されたイヤーカフ。


きっとエルンには命の次に・・・いや、命よりも大事なもの。


それが兄と義姉が宿るものだからだ。

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