第16話

「は?陛下何をおっしゃっているのですか?」


「これから話すことは荒唐無稽だと思うかもしれないが兄がいる。」


「亡くなられましたが前陛下は。」


「いや、ここにいる。」


「いいえ、おりませぬ。陛下何をおっしゃっておられますか?」


「ここは私と兄達しかいない。つまりはここは私的な場だとする。王として対応するな。


いつもどおりに二人きりのときのように話せレオルド。」


「一体何事だ?バカにしているのかエルン?」




いきなり砕け過ぎな気もするが、ルーゼ兄様が亡くなってからレオルドはほぼ兄と一緒なのだ。


彼に頭を撫でられて泣いた日もある。


泣きつかれて咳が止まらない私の背中をずっと擦ってくれたのはレオルドだ。


その彼が少し困惑しているのか私の顔をじっと見ながら何かを見極めようとするように


能面のような顔をする。






「レオ・・・怖いよその顔は。エルンが泣いてしまう。我が弟は繊細で優しいのだよ。


忘れたのか?可愛い天使のようなエルンを追い詰めるな。」




「・・・・・・・は?」




「・・・兄上だ。」




「・・・・・・・・・・・・・はぁ?」




「ルーゼハルトなんだけど。」




「・・・・・・・おい、エルン。どういうことだ?このイヤーカフはルーゼのやつか?


なんでこれが片方もう一個ある?お前の右耳にはもうイヤーカフが・・・」


「いや、だからそろそろ信じてもらえないだろうか?レオルド?」


クスクスと笑いながらさざめく声にやっと仕方なくといった体で反応する。


「・・・ルー?」


「レオいつもありがとう。エルンが泣いた時に頭を撫でてくれて。」


「お・・・っ前!!何やってんだよ。」


「あはは。レオはそうでなくっちゃ。ずっと私の代わりにエルンを守ってくれている。


礼を言うよありがとうレオ。」






兄だけがレオルドをレオと呼ぶ。そしてレオルドだけが兄をルーと呼ぶ。


ずっと羨ましくてずっとこがれたその関係性。


それを聞いてやっと納得したのか口を開く。




「俺は、そんな・・・・。」








信じたんだろうか?無機物に兄がいると。


そう問うと、時々なんだかもやもやした感じがしていたとこれまた不思議なことを言い出した。


そうすると兄が笑う。


「あ、気がついていたかい?あまりにもレオが気がついてくれないから時々いたずらをねぇ・・・。」


「兄上・・・」


「ルー・・・。」






二人して声が低くなった時にアンヌの入室が告げられた。






「エルンハルト様、お呼びでしょうか?」






「アンヌーーーーーーーー!!!!!」


「は?」






キョロキョロと視線を泳がせるアンヌを見てレオルドが指をさす。


机の上にあるイヤーカフを。


そのイヤーカフの花模様がふわっと光る。光る?




「あの・・・私の記憶が確かならば姉の声がしますが。」


「正しいと思うぞ。」


「アンヌーーーー!!!!」






相変わらずのアンジェのアンヌ呼び。安定の・・・






「姉バカ。」


「シスコン。」


「私はそんなアンジェが好きだが?」






三者三様の声がする。






アンヌにしがみついているのはアンジェ・・・え?しがみついている?!


アンヌが手に持っているのは暗器・・・いや、何故暗器を抜いたんだ?!




「アンヌなんで?」アンジェが不満そうに暗器を叩き落とす。え、物理攻撃?


「なんでってなんでですか?これ一体どういうことですか?」


アンヌ自体は軽くパニックになっている。


ああ、私も一体どういうことなのかはわからないが、一旦落ち着こう。落ち着きたい。


私は本来そんなにテンションが上がるタイプではないのだ。


無いのだがこれは?






「何故ルーゼ兄様が私に抱きついているのだろうかレオルド?」


「いや、私に言われても答えようがないだろう?」


レオルドが戸惑っている。そうだな、私も実は戸惑っているこれは一体どうしたら?


つい先程までは一人で仕事をしていたはずだ。


私の決裁を待つ書類が山ほどあるのだが。


大体こんなおもしろ体験話みたいなことが起こるのか?14年間心を閉ざし気味にしてきた


その反動なのか?




「あー、アンジェ私もエルンに触れるのだが。これは一体どういうことかな?」


「女神にお願いしておきました。私がアンヌに会いたいからとルーゼにも加護がありますようにと。」


「ふむ、これはではアンジェのおかげでアンヌのおかげか。


アンヌありがとう。おかげでエルンの頭をなでてあげられるし神託を姿を取ったまま伝えられる。」


「え、レオルドー?!ルーゼ様がいらっしゃるんだけど?え?一体どういう事?」






そうなると思う。私も抱きつかれて頭を撫でられているのだがもう私はあのときの兄よりも


背が高く、亡くなった時の兄よりも年齢も超えているのだ。


ふっと力を抜くと、ルーゼ兄様がふんわりと笑う。


小さなときからずっとずっと守ってくれていたルーゼ兄様。ずっとずっとそばにいてくれたと


言っている。


ならば私が能面のような顔になっていくのも毎日流れに身を任せるように生きていたのも


ずっと見ていたということか?






「ルーゼ兄様。私はもう王でいたくないのです。従兄弟も育ってきました。もう少ししたら


叔父にお願いをして復籍をしていただきたいのです。」


「エルン、それは許されないよ。なりたくないときちんと手順を踏まれた叔父上に無理を


強いてはいけないし令息達を一応王位継承権破棄しなかったことだけでも良しとしなければ。」


「私もなりたいわけではありませんでした。」


「そうだね、そうだ。だがしかし私もエルンも王の息子だった。仕方のないことだ。


私達の父は叔父ではないのだよ、あのどうしようもないたぬきおやじだったのだ。」


ん?いまだかつて聞いたことがないほどの暴言を聞いた気がしたが流すことにする。


「あのどうしようもない間抜けが親だったせいで私と弟が苦労をするなどと考えたくもなかったのだが


仕方がないのだ。あれでも親だ。どうしようもない父と母だったがもはや会うこともあるまい。」


うん、兄がやっと本音を口にしたのだなと流すことにする。


「私がどんな気持ちで立て直したことか。とりあえず叔父上を味方にと画策し、なんとか


手元に残っていただいたのにあの父がそれを最後の瞬間まで嫌がろうとしていたので私がなんとか・・。」




なんとか何なんだろうか。


父王の最期が気にかかるが私にはもう過去のことだ。




「それにあの母もエルンに銀眼が現れたからとこれ幸いに逃げたりしたのでそのまま私が・・・」




あ、母もどうにかしたのかな?とは思ったがとりあえずは会うことはないのでもういいだろう。


兄がニッコリと笑う。それはまあいい笑顔で。私の頭をなでながら。






知らないほうがいいことも世の中あることは私も王になって知っている。


知らなければ流せることが世の中にはごまんとあるのだ。


それはレオルドもアンヌも、アンジェもそうらしい。




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