第17話

兄は大層にデキる人だった。


そして私よりもより非情な人だった。優しいだけでは若い時に王は過ごせない。


私には甘い人だった。懐の中に入れた人にしか優しくない事は私も知っていた。


だが公平な人だったのだ。公平だということはそれ以外の人には優しくないということ。


そう、兄は私達家族と認めた者以外は全て国の子と言うスタンスにより護るも切り捨てるも素晴らしく


バランス感覚に優れた人だったのだ。




じゃなければ父王の時代の腐食した政治を立て直すことも。


私の世代により良い人材を残すことも。


出来なかったに決まっている。だからこそドゥーゼットは大国としてあるのだ。






その兄が言う。


神託を受けろと。


私に生きろと。


仕方なく腹をくくることにしようか。






「エルンハルト・ディ・ルーゼットとしてお伺いいたします。前国王陛下。」




私の口調が変わったことを知ると、兄は嬉しそうに笑う。




「ルーゼハルト・ディガナ・ルーゼットとして聞こう。陛下よ。」






「では下賜くださいませ、この私に神託を。」








そういって兄から距離を取り、私は膝をついた。




聞こうじゃないか、その信託を。


聞こうではないか、私が生きなければいけない訳を。




生きたくないと思いながら生きてきた私に意味をもたせるのは正しいことなのか


私にはわからない。


でも、兄はそれを望んでいる。そして私のそばにいる人達も。






アンヌはアンジェに抱きつかれているため立ち尽くしているが、レオルドも同じように膝をつく。










「エルンハルト、君の神託の相手。君の命を救うのはエルロッドウェイの第一皇女である。」


「第一皇女・・・。」


「彼女は薬学に通じ、医術にも強く、皇女としての資質も高く、そして美しい。」


「はあ・・・。美しいは余計では?」


だいたい美しい令嬢などごまんといるではないか。


「まあ、聞きなさい。本来ならエルンの神託の相手は第2王子の予定だったのだが。


エルロッドウェイの特殊な事情もあり皇女にしか為されないとして彼の国では伝わっている。」


「どういうことですか?」


「エルロッドウェイの皇女にしかその信託は現れないと彼の国ではなっているのだ。」


「・・・・なるほど。」


「本来だったら第二王子が良いと思っていた神託の神たちはどうしようか迷ったらしいのだが


その後に皇女が産まれた。なのでちょうど年の頃も良いのではとなったらしい。」


「そんな理由ですか?」




段々と神々のことを尊敬する気持ちが薄れるではないか。


ふうっとため息をつく。一体どういうことなんだ・・・こっちは命がかかっているのに。


だいたい天を統べるものってどういうことなのかもさっぱりわからない。




「大体にして神はいたずら好きで子供のようなものだよ。こっちが良ければこっち、あっちが


よければあっちと、方法も手順も好き放題だ。」


だからこそいじめがいがあるのだけれどね。と、仄暗い笑顔を向ける兄をジトッと見上げる。


神託を聞いているのにどうしてこんな気分になるのだろうか。


兄は神にも勝てるのだろうか?・・・・勝てるのかもしれないな。






これから先は私が語ろう。








アルトのような分厚い声がする。女性の声なのか男性の声なのかもわからないような。








「いいところなのに。」


軽く舌打ちするようにして、ルーゼ兄様はアンジェの手を取る。


それをきっかけにアンヌは膝を落として頭を垂れた。




「きていいなんて言っておりませんよ、神託の女神よ。」


「ルーゼハルトがもたもたしているのが悪い。それにこれから語るべきは私の口からのほうが


良いのではないか?」


「さて、私の方からはなんとも言えませんが。」




ビシビシとなんだか冷気のようなものも感じる。


ああ、懐かしいようなこの空気はだいたい生前の兄の執務室で分からず屋の元宰相が


兄の機嫌を損ねた時の空気にそっくりだ。


私も大概だが兄は笑顔で冷気を振りまくことが出来る人だった。






神託の女神と呼ばれたその方は私の方を見ながら懐かしそうに言う。






「ああ、私の子だねぇ。」








「は?」








意味がわからない。私の母は・・・あのなんの感情もない眼で私を見るあの人では?






「その両眼銀眼の美しい輝きは我が子だ。エルンハルトよそなたは生きなければならない。


自死はならない、それだけはならないのだ。


だからこそ私の子を助ける子を私の姉が産むのだ。」


「では、そのエルロッドウェイの皇女はあなた様の姉上のお子だと?」


「そういうことになるな。」


「では片目の銀眼の兄は?」


「おお、そこを聞くのか?」




そういってクスクスと笑う女神を忌々しそうに見ているのは兄だ。






「ああ、このルーゼは私の父の子。ということは私の兄妹ということだな。」


「あちらの世界では。というだけでしょう?私の兄妹はエルンだけですよ。」


「だがしかし父は泣いて喜んだではないか。命をきちんと全うして嫁まで連れてきたと。」


「アンジュを連れてくるつもりはなかったのですが。自らの力を信じよと伝えたはず。」


その言葉を聞いてアンジェはまっすぐに伝える。


「ですがルーゼ様。だってあなた様がいないのなら次の世界でも側にいさせてあげようと


お父様が。どうせ保っても私の命はあと数時間でしたよ。自分で決断しなければあなた様の


側にいられないと教えてくれたのは天界のお父様です。どちらにせよ私の選択肢は一つです。」


・・・。アンジェはどちらにしろ何らかの事情で生きられなかったということだろう。


自らの意思で兄と一緒にいることを望んだからいまそばにいられると。








「父上は試すのがお好きなのだ。」


そう言って女神が笑う。


ああ、たしかにこれは・・・・






「胸糞悪いですね。」


「エルンもそう思うだろう?」


「はい。」




「何を言っている?だがしかし神託は下り、その皇女はもう産まれた時からそれを植え付けられ


生きてきておる。エルロッドウェイの方で。」


「彼の国ではどういった形で神託が?」


「産まれた時から銀眼を与え、17歳の神託の際には羽根を降らせる。」


「は?」


「霊妙の羽根だ。それがまた薬になる。彼の国では大事な資源だぞ?」


そんなことと引き換えに一人の人生を最初から決めてしまうなどと。


私の命を救うためにその皇女は生きてきたのだというのか?




「何ということだ・・・。」






苦虫を噛み潰す気分とはこの事か。


なんと胸糞悪い。


自分の命を救うために一人の人生を台無しにし、私はその皇女がいなければ生き延びられず


そしてそれを選択しなければならないというのか。




「私を治した後には皇女は自由になれるのですか?」






ニヤリと女神が笑う。






「我が子よ。そなたが皇女を望まなければそうなる可能性もあろう。


だがしかしそれは無理な話だ。」


「何故ですか?」


「エルロッドウェイの皇女は自らはそなたを望んではならないことになっている。ただ


そなたの命を救いそなたに尽くすようになっている。が。」


「が?」




「かの皇女はそのようなたまではない。」


「は?」




「抗えはせぬ。そなたは最初は冷静にいられるだろうがな。」


「どういったことでしょうか?」


「教えぬ。」




「は?」






なんだろう、本当に腹が立つ。あちらの国では母ということらしいがどうも合わない気がする。






それまで黙っていたレオルドが顔を上げる。




「神託の女神にお聞きしたい。我が王を助けることが出来るのはその皇女様だけであると?」


「そうだ。」


「ならば、私はその皇女様をお守りするために我が息子をつけましょう。」


その言葉にアンヌも跪く。


「いずれはエルンハルト様に使っていただくつもりでしたが、皇女様にお預けしましょう。


私の宝をその方にお預けします。エルンハルト様を救ってくださる方ですから。」


「レオルド!!」




勝手に決まってしまったその言葉は神の前では言霊になると知らないわけでもあるまいに。








ギリッっと奥歯を噛む。






「アーノルド・グレイスと申します。近衛騎士団の一番下におりますが力はあります。


私が育てた故にすこし不調法ものでございますが盾として役に立ちましょう。」


「ほう。ではそのものに加護を与える。そしてそなたたちにも。」


「ありがたいお言葉ですが私共には身に余る物かと。」


「よい。」






そう言って軽く加護まで与えてしまう。






ため息を付きたくなる。神託を聞くだけのつもりが・・・。

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