第15話

彼女だと知ったときの私の驚きは。


顔に出ていないだけでかなりなものだったようにも思う。


そもそも神託が下ったのもちょっとびっくりするタイミングだった。






ちょうど執務室で書類の仕分けをしている時に。


それは突然だったのだ。






「エルン。エルン?おーい、エルンー!!」






「は?」






懐かしい声だったのだ。ずっと頭の中で繰り返し繰り返し思い出していたのに。


本当に段々と忘れていったのだ。


こんな声だっただろうか、あんな声だった気がすると。




ふっと思ったのだ。




ずっと聞きたかった声はこの声じゃないかと。


聞き返したらふっと消えてしまう気がした。でも声をかけずにいられなかった。




「ルーゼ兄様?」






こんな呼び方をしたのは、兄が亡くなって14年というもの間封印していたのだから


声でさえ震えた。


いや、違うだろうなくなっただろう。そう思ったけれど。






思ったよりも気の抜けた声がした。








「ああ、やっと聞こえたのか。エルン。私を覚えているかい?」


ああ、この声はやはり兄上・・・兄上?は?兄上?!






「は?兄上?」


やっと口に出したのに半信半疑だ。私は夢を見ているのだろうか・・・。


「そうだよ。ずっと見ていたけれどやっとときが来たよ。エルンに話しかけてやっと


通じた。ずっと側にいたんだけれどね。」


会話になっている。だがしかし目の前に兄の姿はない。








目の前には・・・






銀色の石・・・?






無機物・・・だと?








「あー・・・兄上・・・ということでよいのですか?」


「そうなるよね、そうです。ルーゼハルト元国王です。」






なんだろうその答え・・・。






執務室の机に突然現れた銀色の石に対して兄かと問いかける自分も大概だとは思うが


帰ってきた答えが肯定であったことに対してこんなにも嬉しく感じるのは何故なんだろうか。






「エルン、石だと話しづらいと思うからちょっと変わらせてもらおうと思うよ。」








そういって静かに語りかける声は確かに兄の声で。


泣きたくなるくらい嬉しいのに目の前の石・・・無機物・・・は、相変わらずだけれど。


小さなイヤーカフに変わった。


いや変わったとて無機物じゃないか?金属だろ?とは思うけれど。








ああ、たしかにこれは。








「ルーぜ兄様・・・。」






手のひらに乗せる。




自分の右耳に付いているのは、兄が亡くなった時につけていたイヤーカフを一つ身につけることに


した兄の形見。


そして、全く同じ形の銀のイヤーカフ。そのイヤーカフと違うのは小さな花が彫り込まれている


ところだけ。




ふわっと暖かくなった。




手のひらに乗せたイヤーカフの花の模様のところがダスティーブルーに変わった。








「エルン、神託を伝えるよ。」


「え?」


「私はずっと側にいたんだけどね、あまりにも私がエルンの助けになりたがっていたから


神託の女神が流石に我慢のしびれを切らしてね。」


「兄上・・・一体何を?」


「ただ、毎日毎日、時間だけはあったから女神に挨拶をしてまあ、毎日毎日毎日毎日・・・。」


「兄上・・・。」






兄は人懐っこかった。その上国王陛下という立場も体験していた。


どのようにすれば心が動くか、そして、どうすれば一番嫌がるかを熟知している人だ。


さぞかし女神とやらも大変だったのではないかと察する。


本当にうんざりさせられたに違いない。




ふわっとまた再び暖かくなった時にもうひとりの声がした。






「エルン様。お久しぶりでございます。」


「・・・・アンジェ?」


懐かしい声。大好きな人の声だった。姉とも言えるその人の声。


「一緒にいられたのか?ルーゼ兄様のもう片方の眼になれた?すぐに会えた?」


子供の時のように、声をかけてしまう。


「ええ、一緒にいます。離れずにずっと側に。」


「ああ・・・二人共・・・。」


「本当にエルンはアンジェが好きだなぁ。」


「そういった好きではございません。私は兄上のそばにいるアンジェが好きなだけです。


兄上を一番幸せにしてくれる人だから!」


回り回って兄上が大好きだと叫んだも同然だと、真っ赤になってしまう。






執務室で、手のひらにイヤーカフを乗せ、話しかけている孤高の国王陛下。


・・・・ふふっ。はははははは・・・。


力が抜けてしまった。




「兄上。姉上。お会いしたいです。神託なぞ望みません。私はもう・・・。」


「だめだよ、エルンハルト。それは出来ない。」






ピリッとした声が響く。


ああ、兄はずるい。こうやって私を黙らせる。


「何故です?」


「神託だよ、エルンハルト。君のそばに天使がやってくるよ。」






その言葉を聞いて皮肉な笑みを浮かべてしまう。






「ああ、アンジェ。見たか?どうしよう。私の弟が可愛すぎないか?どうやら不満らしい。


エルンが一端に皮肉めいた表情を見せているぞ。こんな顔見たこと無い!!」


何故ウキウキとしているのだ?


その兄の声に苦虫を噛み潰したような視線を向けてしまう。


「私はもう16のときの子供ではありません。29歳になりました。国王になったのですよ。」


「そうだよ、29歳。国王にならせてしまったのは私が不甲斐ないばかりで申し訳ないが


神託が下る29歳だ。わかっていただろう?」






クスクスとわらう兄の声にいつもの無表情を取り繕おうとして失敗した。


だって、兄なのだ。ずっと会いたかった兄なのだ。


たとえそれが、無機物のイヤーカフだったとしても。


大分おかしな話だということは自分でも分かっているがそれでも兄なのだ。


話だけでも聞こうか・・・。






そう思い、イヤーカフをそっと机の上においた。








「兄上。レオルドとアンヌを呼んでも?」


「神託を他の二人にも聞かせると?」


「彼たちに隠すことなどありません。それに、アンヌはきっとここにいたいと思います。」


「・・・そうだね。会いたいな。」






その声を聞いて、私は卓上のベルを鳴らす。




扉の向こうにいたレオルドがすぐに現れ、レオルドにアンヌを呼ぶように言うと


不思議そうな顔をしながらも言付けを侍女に頼んだ。


私はレオルドをそのまま執務室に招き入れ、外にいる侍女にアンヌが来たら部屋に入れて


三人にするように。と命令をする。


人払いはだいたい出来て一時間だ。その間に軽く先にいたレオルドに説明をする。




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