第14話

どうやって部屋を出たのかもわからない。一人だ。


ああ、私は一人だ。


護衛で付いてきていたレオルドの目を盗み逃げ出した一人だと実感した。


ただただ皇宮を歩いた。


不安だった。ただただ怖かった。


このままでは兄上は近いうちに亡くなってしまうだろう。


離れている今も兄の体は蝕まれてしまう。この銀色の眼にこんな眼に。


そんな力いらない。私はただ、走り回れる体が欲しかった。すぐに熱が出る体なんか


いやだった。弱い私が嫌いだった。






まずいと思った時には発作が起きていた。酸素が足りないのか座り込んでしまう。






ああ息が苦しい。もうダメだ。


ゼエゼエと浅い息を吐きながらうずくまる。


発作が起きるときは決まって不安なときだ。発作はいっときで収まるけれども


薬が効かない自分にはやり過ごすしか手がないのだ。


ああ、でももうこのまま息が吸えなくなってもいいかな。


兄上がいなくなるのだったら私ももう一緒に逝けばいいのかな。


神託なんかいらなかった。あと何年待たなきゃいけないんだ。


神託が下って四年。その間にもう諦めたほうがマシだと思うほどの発作にも何度も


襲われた。


でも私の命は尽きない。何故ならば私は銀眼をもち神託が下り神託の下った相手が


私の命を救うと決まっているからだ。






バカバカしいと思う。自分で命を捨てることも選択できない。


私は待つしか無いのだ。


待つしか無い自分はどれほどにみっともないというのか。


自分ではどうにも出来ず、自分の力で生きているわけでもない。






嫌だ。もう嫌だ。嫌だ・・・。








「だいじょうぶ?」


柔らかな小さな手が私の背をたたく。


小さな女の子の声だ。背を叩く手の暖かさがエルロッドウェイの王の手を思い出させた。


この国にいるこんな小さな少女は一人しかいないと記憶している。


皇女だ。


そう思ったけれど咳で声が出ない。ゴホゴホと咳をしていると小さな手が背中を撫でる。


やさしい手だ。




「ありがとう、とても安心したよお嬢さん。」


咳は止まらないけれど顔を上げると三歳くらいだろうか。小さな女の子がまん丸の目をして


私の顔を見ていた。


ああ、この子の瞳・・・私と一緒だ・・・。






何故そう思ったのかはわからない。何故だろう。


違うじゃないか、この子は紫色のアメジストの瞳をしているのに。


どうして自分と同じ瞳だと思ったんだろう。


苦しくてもう何も考えられない。こんなところでうずくまっているのが恥ずかしくなって


逃げようかと考えていたのに。




意図せずに丸い薬を口に放り込まれた。




これでも王子だ。口にするものには気をつけているし私には毒は効かないけれど


薬も効かない。


口に広がる独特の苦味とそれを打ち消すようなキットハーブの味は。


何故だろうとてもホッとしたのだった。






いつもどれくらい続くのかわからなくて不安になるほどの発作は。




びっくりするほど早く楽になっていった。








私に薬は効かないのに?


この子が私の口に入れた薬は効くの?


不思議だった。これがエルロッドウェイのちからなんだろうか。


それともこの咳の止まる薬を持っているということはこの子も体調が優れないのか?


じっとみると薄い肌の色に一滴だけピンクを溶かしたような薄い肌の色。


体は強くなさそうだけど、今は苦しそうじゃない。そうか・・・。






「君は僕と同じ色なんだね。」


「え?」


きっと通じないだろう。君もきっと僕と同じようになにかにとらわれれている姫なんだな。




「僕と同じ色の君。君は僕とは違って自由だよ。だからきっと広い世界に行けるはずだ。」




どうしてそんな事を言ったのかわからない。


でも、囚われていると知らない今ならこの考えだってきっと救いの一つになる。


この姫が幸せであってほしい。


この苦しさをいっとき早く救ってくれた銀髪の姫。






僕と同じ瞳の色の髪を持つ少女。






「わかったわ、きっとそうね。私は自由だっておもうわ。だってあるけるようになったの!」






可愛い理由を言いながら背中を撫でてくれる。




ああ、彼女みたいな妹がいてくれたらなあ。


彼女みたいな人がそばにいてくれたらなあ。












そこからの記憶は曖昧だ。




レオルドが真っ青な顔で覗き込んでいる。もう私はベットに横たわっていた。


ああ、もう会えないだろう。


私の帰国の日は明日だ。








それから記憶に登ることはなかったあの小さな私を救ってくれた少女が。
















私の神託の相手だったのだ。


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