3
神前駅までは少し距離がある。電車に揺られながら、俺は何で未緒が家出したのか考えた。
未緒は普通の高校一年生だと思う。県立高校に落ちて、確かに落ち込んではいた。でも、私立で新しい友達ができたと嬉しそうにしていた。勉強もそこそこできる方だし、身内のひいき目かもしれないが未緒は可愛い。年の割に大人っぽい顔をしていて、口元の黒子がチャームポイントだった。俺と一緒に歩いているとカップルかと思われるほど。……まあ、未緒は嬉しくなさそうだったけど。
正直なところ、俺は未緒が羨ましい。顔だって整ってるし、勉強もできる。平凡な顔で、テストは赤点ギリギリの俺とは大違いだ。これから輝く青春を送るんだろうと、勝手に思ってた。
未緒は、……何か悩みがあったんだろうか。
『次はー……神前、神前ー』
「あ」
電車が減速する。反対側のホームに、見慣れた姿があった。薄緑のパーカーを着た女子。ホームのベンチに座って俯いている。同じく薄緑のヘッドフォンをつけて、何か曲を聞いているのだろうか。動く気配はない。
「未緒」
慌てて立ち上がり、ドアが開くのを待った。反対側のホーム、ということは一回駅の中に入って降りないといけない。
ドアが開いた。人を避けながら、全力で階段を駆け上がる。恐らく未緒は俺を見ていない。俺は気づかれていないはずだ。
「未緒っ」
ホームに降りると同時に未緒を呼んだ。あちらこちらから視線を感じるけど、その視線はすぐに反らされる。代わりに、ベンチに座る女の子がゆっくり俺を見た。やっぱり、未緒だ。
「未緒……」
「お兄ちゃん。……何で」
未緒がヘッドフォンを取る。上げた目は虚ろで、涙の跡が目尻に残っていた。相当泣いたらしい。声が掠れていたのも、泣いたからか? 未緒の涙なんて、最近は全く見なかったのにな。
「電話した時に、神前駅の駅メロが聞こえたからな。ひょっとしたらいるんじゃないかって」
「本当、お兄ちゃんは察しが良いね……。私、お兄ちゃんのそういうとこ嫌い」
ふい、と顔を反らす未緒。俺は未緒の隣に座った。
「……お兄ちゃん、高校は?」
「今日は休んだ」
「何で」
「未緒を探すため」
「良いよ、私のことなんか探さなくて」
未緒が鼻をすすった。
『間もなく、二番線に、
沈黙を破り、アナウンスが流れる。と、未緒が立ち上がった。リュックを背負い直し、ヘッドフォンをつける。
「私行くね」
「は? どこに」
「ここじゃないとこ」
「どういうことだよ」
俺は未緒の細い手首を掴んだ。想像よりも細く、折れそうでどきっとした。
「離してよ」
俺の顔を見ずに、未緒はそれだけ言った。
「嫌だ」
ガタンガタン……と電車の音が近づく。未緒はこの電車に乗る気なのか? 乗ったら、……未緒はどこに行くんだ?
「離してって言ってんじゃん」
「嫌だ。お前、ここを出たとして行く当てあるのかよ」
俺の声が電車の音で掻き消された。プシュー、と音を立てて電車が止まる。開いたドアから人が出てくる。
「何でお兄ちゃん、私を止めるの?」
「未緒のこと大事だから」
「嘘」
ホームにいた人たちが電車に乗り込んでいく。未緒は動こうとするが、俺が抑えているので動けない。
「お兄ちゃん私のこと嫌いでしょ」
「何でそうなるんだよ」
「だってこんな、こんな私なんて!」
未緒の声が大きくなる。電車の中で俺たちを見ていた人が一瞬驚いた顔をしたが、閉まったドアで見えなくなった。
電車はゆっくり、駅から去っていく。
「……こんな、私なんて……」
俺は未緒の腕を離した。未緒は力なく、腕を下げる。
「未緒。座って、落ち着いて話そう」
「……」
未緒は諦めたように、寂しそうな顔で俺を見た。
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