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「おはよ」
「おはよう
一階に降りればいつも通り。母さんは流しで洗い物をしていて、父さんは出勤する前に新聞を読んでいる。
ただ一ついつもと違うのは、大体この端の席でトースト齧ってるあいつがいないこと。
「なぁ今日、
「未緒? まだ寝てるんじゃないの?」
母さんはそう言って首を傾げる。
「未緒、いなかったんだけど」
「いなかった? トイレにでもいるんじゃない? それより晴人、早く食べちゃってよ」
母さんの未緒に対する態度は、最近何だか冷たい。未緒が県立高校に落ちたからか? それは酷い話だが、時期的にそうとしか思えない。
「俺、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
父さんは我関せず、と言うように出て行ってしまった。
「なぁ、未緒のことなんだけど」
俺はトーストを食べながら母さんに質問を続ける。
「だから、私は知らないわよ。早めに出たんじゃないの」
「だとしてもおかしいだろ。あいつが早起きしたの、修学旅行の朝ぐらいじゃんか」
「高校生になったばかりだから、気合入れてるんじゃない?」
「未緒、そんなことするタイプじゃないだろ」
「あの子のタイプなんてはっきり言えないわよ。高校デビューなのかもしれないし」
母さんとの話は平行線で、いつまで経っても進まない。
母さんはため息をついた。
「全く……そんなにむきになって、どうしたの? 未緒が家出したとでも言うわけ?」
「家出……」
母さんの言葉にはっとした。
「そうかもしれない」
「え?」
昨日の夜、未緒は変だった。パソコンに向かって、何か調べていた。「勉強?」と何気なく聞いたら、「そんなとこ」と返されたけど……ひょっとしたら違ったんじゃないか。
「俺、今日高校休む」
「え? ちょっと晴人!」
母さんを無視して俺は部屋に戻った。未緒の部屋と俺の部屋はカーテンで区切られてるだけ。思春期の兄妹としてどうなのかと良く言われるけど、俺も未緒も気にしていない。小さい頃から、ずっと同じだ。
「未緒」
念のため、呼んでから開ける。いつもと同じ、薄緑の布団が掛かったベッドは空だ。机の上には無造作にパソコンが置かれている。未緒のパソコンだ。
履歴が残っているかも、と電源を入れる。でも、俺は未緒のパソコンのパスワードを知らない。
「くそ……どっかに書いてあったりしないよな……」
妹のパソコンを見るのは確かに後ろめたいけど、今は緊急事態だ。何か、胸騒ぎがする。
パソコンをひっくり返したりしていると、紙が手に触れた。『Mio510』と未緒の字で書いてある。
俺は迷わずその文字をパスワード入力欄に入れた。ヴン、と音がしてすぐ画面が開く。
「あいつ、パスワードこんなところに書いておくなんて。迂闊だな」
ほんの少し鼻で笑って、インターネットを開いた。未緒が相当用心深い性格じゃなければ、履歴が残っているはずだ。
「えっと、履歴履歴……」
検索欄をクリックする。が、何も出てこない。未緒は検索履歴を全て消したらしい。
「何だよ……」
がっかりして、すぐパソコンを閉じた。未緒の薄緑のパーカーと、制服と学校用のリュックが消えている他に手がかりになりそうなものはない。
「晴人! 私、もう出るからねー!」
「分かった!」
下から母さんの大声がしたので、とりあえず返事をした。今は未緒だ。
「ラインするか」
兄妹間ではあまり使わないラインを開く。最後の未緒とのラインは、四月の前半で終わっている。無難に、『今どこ?』と打った。
意外にもすぐに既読がついた。だが、返事が来ない。良く考えれば、家族が気づかないぐらい早く家を出た未緒がすぐに居場所を言ったりしないだろう。……ということは、やっぱ家出なのか? 嫌な予感が当たりそうで怖い。
電話を掛けることにした。『未緒』をタップし、出るのを待つ。中々出ない。スマホは見てるはずなのに。しつこいぐらい鳴らす。
二分ぐらい経って、ようやくプツリと音がした。
「もしもし、未緒?」
『……お兄ちゃん』
向こうで暗い声がした。いつもよりほんの少し掠れた声。何か物音がする。……未緒、もしかして外にいるのか?
「お前今、どこだよ」
『どこにいたって私の勝手じゃん』
「今日は平日だ。高校、行かなくて良いのかよ」
『ほっといてよ』
未緒はどこまでも冷たい。ゴールデンウィーク中は楽しそうにしてたのに、このテンションの沈みようは何なんだ? 表情が見えない分、どういう気持ちなのか分からないのが怖い。
突如、甲高い音楽が聞こえた。電子音のような、独特な音楽。……この音、どこかで。
『もう切るね』
「あっ、おい」
一方的に切られ、スマホからはツーツーツー……と虚しい音がする。でも少し、手がかりがあった。
あの音楽だ。俺はあの音を聞いたことがある。今はっきりと分かった。
俺も未緒も、高校には電車で通っている。途中までは同じ電車に乗って、中間地点の
「行くか」
高校には行かないけど制服を着て、俺は家を出た。
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