第23話 馬屋の男
首都一番、いや王国一番だと自他ともに理解している、フェイトン家の馬屋の主人は、笑いが止まらなかった。
語りの劇場を中心とし、首都の交通から港からの輸送、豪奢な送迎までを生業としている身、妙に多い木材の搬入などがあればすぐにわかる。それを少し離れた街の馬屋で運んでいるとなった時、鼻についた自分たちの能力が誇らしい。辿ってみればすぐにわかった。それも劇場をつくっているというので、話が変わってくる。
すぐに確認をしてみれば、ヴィラージオ家とも関係のない新しい劇場とのこと。ちっぽけな劇場がいくらできようが文句はないが、それらの送迎を地元の馬屋に頼むとなれば話は別だった。
語りから生まれる交通の金はフェイトン家がすべて得なければならない。
そうでなければ、血のにじむような努力をして代々得てきた益はなんだというのか。
そうして少し港の輸送をつついてやれば、すぐに物資は停止した。物が送られてこなければ、請け負った大工たちも劇場をつくることなどできない。今見世物人形となっている、レオ・ヴィラージオの叔父であるペル・ヴィラージオの名前を出せばすぐだった。
自分たちとのパイプとなっているあの男には、ずいぶんこちらから金を積んでいる。そのような関係なのに、ひどく高圧的に扱われるのも慣れたものだが、いつでも屈辱だった。小間使いのように振り回される日々をなんとか金でおさえているのに。
それでもこういったことがあれば、やはり溜飲は下がる。と、小金であるが臨時収入となる金を目の前にして、にやりとした笑いを収めた。
劇場の責任者だという、赤毛の大男が悔しそうにやってきたのもよかった。どこから聞いたのかフェイトンの屋敷にやってくると、金は払うから物資を運んでくれと頼みに来たのだ。元の金は戻らないから、単純に考えて当初の2倍の金を彼らは支払っている。
「困るね。取引実績もないんだよ」
無理だとそう返せば、男は苦虫を噛み潰したように、表の荷の一部を見に来てくれと言った。
流しを拾ってきたのだろう、長距離は移動できないような弱い馬車に衣装や小道具、大道具の一部が積んである。ちっぽけな量だったが、問題はそれではない。その荷車に、不似合いな美しい薄紫の布がかかっていることだった。
はっきりと家紋が示されている。ヴィラージオ家のものだった。フェイトンの男の眉が上がる。
「あの家に話を通したってことか? 繋がりがないだろう」
「あんたは知らないだろうが、昔のコネを辿ったんだ」
ふぅん、と顎を撫でた。それでも、ペル様が一度邪魔をした上でこの家の布がかかっているということは、少なくとも家の中に協力者がいるということだ。
「だいぶ金を積んだか?」
こちらを睨みつける大男が、何も言い返せないのが小気味いい。あの家、そしてペル様に話を通すなら、いやになるほど金、金、金の話だ。
布の大きさはかなりのもので、この面積であれば価格も張る。ぼろぼろの馬車と道具を見て、この貧乏集団ではとうてい目くらましとしてこの布をつくることもできないだろうと考える。家紋は図を指定して依頼すればいいが、少なくとも首都ではヴィラージオ家の家紋を含んだ布を、家以外の人間から指定されてつくるはずもない。布地を指先で擦れば、安い生地でないこともわかった。どこかの倉庫から盗むことも容易ではないだろう。
一応ペル様に確認するか、とも思ったが、日頃から連絡をとる間柄でもない。彼の部下を通して、やっと連絡したところで、気難しいあの人のことだ。このくらいのことで一々連絡してくるな、自分で判断もできないのかと冷たく返されることは目に見えていた。
「じゃあ、明日からすぐに始めよう。大工は逃げ出していないのか?」
「延期をさせる金を払っていた」
どこまでも苦々しげに語る男に同情の気持ちは湧かなかった。きっと日雇いの仕事をしてなんとか大工を保たせる最低の金を払っていたのだろう。それも限界だから、金を積んででもうちに依頼をしにきたということだ。
ほら。貧乏であればこうして軽んじられる。邪魔される。いらぬ苦労を背負わされる。
そう自らの心すら落ち着けたフェイトンの男は薄目を開いて嫌味たっぷりに依頼主に対して返した。睨むその視線すら心地よかった。
「無駄な金が沢山かかったみたいだな。興行の成功を祈っているよ」
*
その後フェイトンの運送が始まってから、荷を守る布や、作りかけの劇場内の装飾にも薄紫の布は何枚か目にした。これは自分たちで容易したものではない、と確信していく。ヴィラージオ家との繋がりがあると認識されて、仕事はより順調に進んだ。伊達に首都の複雑な交通をまわしている家ではない。ヴィラージオが関わるとすれば、少しの失敗すら許されない。かなりの遅れがあった物資の輸送は、瞬く間に遅れを巻くほどに進んでいった。その滞りのなさは、アルでさえ満足げにしたほどだ。
フェイトン家は物資の輸送を進めながら、何度もアルに今後の輸送の確認もした。少ないだろうが物品の輸送。そうして、首都から街への人の送迎だ。定期便にするのか、臨時便にするのか。計画はどうなっているんだと追いまわすが、アルはいつも苛々したようにフェイトンを押しとどめた。
もう少し待ってくれ全てが押してるんだ、と言われれば、無能を馬鹿にするように鼻を鳴らす。これだから素人どもは困る。それでも、話が進んだ時にはうちが決して損しないような座組にすればいい。彼らには厳しい金額になるかもしれないが、どうせうちしかできないのだ。払えなければ潰れるだけで、それはフェイトンには関係のない話だった。
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