第5話 出会い -5

むかつく。むかつくむかつくむかつくむかつく!






祭具所――村の工場の従業員入口をリアはガンと蹴って開けた。




あれからどうやって帰ってきたのかも、怒りで煮えた頭では曖昧だ。


レオに作られた笑みが悔しいが美しく、咄嗟に返す言葉が見つからなかった。


圧倒的な権力の差に黙り込んでいると、あの部屋に連れてきた男が今度も大変行儀よくエスコートをして、連れ出されたような覚えがある。気づいたときには鞄を抱えて廊下に出ていた。


さっと効いた冷気のある風が頬を撫でて、おそらく自分の顔は赤いんだろうと思うとその薄い皮膚さえも悔しかった。レオのような面の皮の厚さなら、きっと貶められても色にも出さないだろう。






それから村へ向かう乗合馬車を待ち、中で揺られているころには、怒りは疲れに変わっていた。


悔しい。


結局あの男は贈られる勲章に文句があり「伝統職人の老齢の男性」には話をしづらいから、一人娘に目をつけたということだったのだ。


腹が立つ。




それにしても、とこの点だけはリアも顎に手を置いた。


縞々が嫌いとは、本当だろうか? かといって嘘をつく利点もよくわからない。


ただ、これだけ突飛なことを言われると何か裏がありそうと思うのも仕方がなかった。






それはそれとして、これからどのように仕事を進めるかという問題はまだ残っている。


急いで仕入れの話をしに行かなければ。入口の扉を蹴り開いたことが万一でも父親にばれないよう、きょろきょろと目線をやりながらリアは工場の中を速足で進んだ。




上演は昼過ぎからで、レオと話していたこともあり時刻はとうに夕刻を過ぎている。すでに仕事は終わり、親方に戻りを知らせる必要もない。


そのまま真っすぐに買付室に向かうと、リアが幼いころからいるこの部屋の長が、顔を見るなり近づいてきた。この工場の買付をほぼすべて取り仕切るオータムは、父親より少し年下の男性だ。体格はいいがとても背が低く、数少ないリアを「リア」と呼ぶ職人でもあった。


その目が大きく開かれていて、かなりの上機嫌だとわかる。






「おっ、やり手がご帰宅だな」






全く身に覚えがないので一瞬足が止まった。


扉を閉めて「何?」と一言返すが、こちらの困惑にはまったく頓着していないようだ。






「ここが肝要だぞ、リア。よくやった。さっそく依頼者をたらしこむとはやるじゃねえか」






たらしこんだ覚えなどまったくないし、雀が孔雀を口説いたと言われるような居心地の悪さがあった。


からかわれているのかと思うが、それにしても話が見えない。


「だから、何が」と繰り返すと、台詞に驚いたようにオータムはわざとらしく手を開いた。






「なんだ、知らないのか? もしかして」


「最初からはっきり言ってよ。何の話?」






ふーむ、と彼は目を上に回したが、自分の中で結論づいたのか、リアに向き直って続けた。






「お坊ちゃまからルートの連絡が来たよ。ヴィラージオ家に間に入ってもらえるなら、通常の6割の仕入れでより良い素材が入ってくるだろうな」






リアは返す言葉を飲み込んで、素直に驚いた。




通常、格式のある家だからといって、自分たちの発注した祭具だろうと、よほど思い入れのある場合でもなければ、工場の買付に手をまわしてくることなどない。


また、今回のものは国からの発注なのだから、自分のものばかり豪奢にしたと噂を立てられかねず、危険を冒してまで行う意味もない。ただ、おそらく貴族の一番うまいやり方で「目配せ」程度の配慮に留めており、のちのち問題にならないような最新の注意が払われているはずだが。




ということはこれは、レオからの明確な「リアという職人」に対しての目配せだった。


危険を冒してまでパートナーシップのメッセージを送ってきている。




その姿勢に、先ほどまでこめかみを熱くしていたリアは多少冷静になった。


相手にやる気があるなら、上手く利用すれば工場の中で「リアが外されない」筋道をつくることができる。


語り部様に目配せをしてもらえれば、実際には何も任されなかった、お飾りだったとリアが騒ぐようなことはまずいと、工場のような縦割り社会はすぐに理解する。




ふうん、ふざけたことを言うだけではないということか。




先ほどまであれだけ疲れていた頭に、一瞬だけ気持ちいい風が吹いた。けろりとした顔で、オータムが手に持つリストを一緒になって覗き込む。






あのチャラついたお坊ちゃま、噂の女たらし。


せいぜい利用させてもらおうではないか。

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