第4話


本当に驚いたのに、思いの外腹から声が出た。


しっかりとしたその返答に、僅かだけ若き語り部の表情が動いた気がしたが、ここは彼の巣。地の利も活かして、浮かべた笑顔は崩れなかった。


言われた言葉が飲み込みきれず、リアが言葉を反芻していると、レオ・ヴィラージオは「驚かせて申し訳ない」とまた口調を少し改めた。この、敬語を使う取り払うの繰り返しが、こちらに親近感をもたせるための技術だとリアが気づいたのはだいぶ後の話だ。



「君に依頼されている勲章の種類はもう聞かされている?」



そう尋ねられて、一瞬これは機密事項かと頭を巡らすが、彼が受け取る者なのだ、何を隠すことがあろう。


「白の枳殻(からたち)章です」何十回も確かめた言葉、デザインをリアは口にした。小さな白い花があしらわれた金属部分が特徴である。


勲章は主に軍部の奨励に使われる。現在、王国では隣国を含め大戦は行われていないが、軍部の規律を保つためにもいろいろと理由をつけて年に1、2回、受賞は行われている。まあ、一般市民にとっては新聞の片隅にのる些末事で、よっぽどの数寄者や関係者でない限り気にも留めていないだろうが。そう、関係者でない限り。


その軍部の賞が彼に送られることになるのは、これまでの戦乱時に慰問としての演舞が評価されたと言われている。なんか無理矢理ではないかと思ったが、賞などというのは送りたい相手が決まっており、理由などは色々と後付けで決めていくのだと、齢26のリアでも承知していた。



「そう。あの勲章、水色と白の縞の、大きな綬が目立つだろう」



綬、というのは有体にいえばリボンのことだ。勲章を身に着けるためのもので、金属部分の勲章と綬が合わさったものがあくまで正式である。勲章そのものが首飾り状などになっていない場合、分けられることはない。


意味もわからず頷いたリアに、レオは調子を変えずに続けた。しかし、その平静さがかえって不愉快を押し殺しているような態度になった。



「俺はね、縞の模様が大嫌いなんだ。君たちでいえば左肩にチャバネムシがずっとついているようなもので」



言われても意味がわからずに、リアは一言も発せなかった。


勲章は左肩につけることが決まっている。心臓に近いからだそうだ。縞模様が嫌い? 聞いたことがない。しかも台所を這いまわるような、百人がいれば99人以上が嫌いだろうと思われる虫を比較対象にあげられてもまったく飲み込めなかった。虫は虫で、模様は模様だ。



それでも、こちらの反応を見るように美しい顔を向けたままの男に、そんなことを深く尋ねても無駄だった。正直今の話が嘘であろうと馬鹿にされているのであろうと、リアには関係がないのだ。それよりも、この場で確認をしておくべきことがあった。




「この話がしたくて、私に仕事が回ってくるように仕向けたってことですか」




自ら口にしたことによって、思ったよりもプライドが傷ついた。



こんなことを口に出したくはなかった。悔しかった。少しは自分の地道な働きが認められたのかと思っていた。それでも、やはり、自分のちっぽけな自尊心などは、こういった力のある人間たちの手で決まってゆくのか。



リアが発した返事が意外だったようで、今度ははっきりとレオが目を見開いた。そのあとゆっくりと眦が笑みのかたちに歪む。


ああ、いやだ。リアは人生の中で何度かむけられたことのある視線だとのちほど合点がいった。このときは憤りと緊張でそこまでの意味はくみ取れなかった。


これは、「思ったより頭がいいみたいだね」という、値踏みの目線だ。




「そうだよ。あんなお爺さんたちに、こんな話できるわけないだろ」




ここではっきりと、リアの感情が怒りに向かった。

私の誇りは、喜びは、男と男のくだらないプライドに巻き込まれたということか。


「嬢さま」にならこういった話もできる。父さんにはできない。こんなみっともない話。そう理解すればするほどに、臓物の下がぐらぐらと怒りで煮立った。


絶対に涙など流したくない。でもこれ以上感情が揺さぶられれば、意思とは別に涙が滲んでしまうかもしれない。そう思いながら、それでもリアは自分を保つために言葉を続けた。




「私が言いふらすかもしれないじゃないですか」




リアはきちんと、感情を乱さずに、声も震わさずに続けたのだが、レオはここで隠さず、はっきりと馬鹿にして、美しく笑んだ。




「君が噂をふりまけるほど、社交界に伝手があるとは知らなかった」




人を舐めた顔に、立ち上がって張り手をしなかっただけ褒めてほしかった。



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