第7話 潰し合うより利用し合う
黒から青に染まった空が、今度は赤色に変わろうとしていた。
宛がわれたテントから出て、ぐっと背を伸ばしたユウキは、近くを通りかかった黒い獣人に声を掛ける。
「――ライさん。何か手伝うことはありますか?」
何かの木箱を運んでいたライは「いいや。暗くなる前に無事に終わりそうだ」と、持っていた木箱を別の人間に預けると、そのままユウキの元へと歩み寄る。
「……それじゃあ、遂に明日ですね」
ユウキがそう神妙な顔で呟くと、ライも同じく表情を固く引き締めながら言う。
「……ああ。明日、俺たちは――」
◆ ◆ ◆
「――俺らは明日、【樹海】のダンジョンの攻略に挑む」
ユウヤは空が青く染まり始めた早朝、ユウキとアリサにそう言った。
「勘違いするな。別に仲良く手を取り合うってわけじゃねぇ。そこの女の言う通り、目指す終着点が同じなら、互いに潰し合うより互いを利用し合う方が効率的だと判断したまでだ」
首だけで振り返りながら、不敵な表情でアリサとユウキを見上げるユウヤは、更にこう続ける。
「それに――今更こんな終わった都に帰ってきた時点で。お前等もどうせ同じ目的なんだろうが」
ユウヤの笑みに、アリサもまた不敵な笑みを返す。
そして、ユウキは「……てことは、つまり――」と、義兄へ尋ねた。
「ユウヤたちも知っているんだな。今、【樹海】の
「たりめぇだ。恐らくはお前らが知っているよりもずっとな。俺らが何年前から、今回の作戦へ向けて準備を重ねてきたと思ってる」
ユウヤは「最強の
「今回、奴が魔王城へと呼び出されたのは――『四天王会議』へ出席する為だ」
ユウヤのその言葉に、アリサとユウキは表情を変える。
「……四天王会議?」
「何だ? そこまでは知らなかったのか? なら、あと何日で樹海のマスターが戻って来るのかとかも把握してねぇのか? 行き当たりばったりだな、テメェら」
ユウヤは、己の指を二本立てながら、アリサとユウキへ言う。
「――三日。夜が明けたから、もう二日か。それで四天王会議の会期は終了だ。樹海のマスターも、明後日の夜には持ち場へ戻るだろう。つまり――」
俺らが主の留守を狙うなら、それまでがタイムリミットだと、ユウヤは言う。
その言葉に、思っていたよりも目前に迫っていた期日に、ユウキは小さく唾を呑み込むが、それ以上の動揺は見せずに、「……教えてくれ、ユウヤ。四天王会議って何なんだ?」と、さきほど答えてもらえなかった質問をユウヤへ繰り返す。
「魔王には、四人の幹部がいるのは知ってるよな。そいつらはテンプレにも四天王とか呼ばれているんだが――ここ九十年、魔王城に引き籠って一切姿を見せていない魔王に代わって、持ち場たる『
その四天王たる四体の魔族が、ここ最近妙な動きを見せていたと、ユウヤは語る。
これまでバラバラに魔王城へ戻ることはあっても、誰かは下界に残って目を光らせていた四天王が、以前よりも頻繁に魔界と下界を往復するようになっていたという。
「――そして、今回の樹海のマスターの魔王城への出張の時期に、まるで合わせたように、四天王全員が魔王城へ足を運んでいる。……俺は、今回のこの事態を、こう考えている」
ユウヤは目を細めて、低い声で淡々と言った。
「何らかの事情で満足に動けなかった魔王が――回復した。もしくは、死んだ。それを機に今、魔王軍全体として大きな方針変換が行われようとしている。今回の四天王全員集合は、その方針を最終決定する為の首脳会談といったところだろう、とな」
ユウキとアリサは、ユウヤのその考察に思わず息を吞む。
(……概ね、的を射ている)
初代勇者と、そのパーティメンバーであった元女神から師事を受けたユウキとアリサは――把握している。
魔王は、九十年前の初代勇者との決戦で大きなダメージを負っていた――だが、解きが経ち、そのダメージが癒えた今、再び動き出すであろうことを、知っている。
その世界でも限られた者しか知らない真実に――ユウヤは、十年間、己の力で世界中に広げた情報網によって、自力で辿り着いた。
否、ユウキやアリサが知っている、それ以上の情報を、己が手足で獲得していたのだ。
「樹海のマスターは、八人の
「四天王会議の会期の情報は、どこから得たんだ? その情報の信憑性は? そこが狂えば全てが狂う」
「安心しろ。とある四天王が己の直属の部下である【遊場】の
その言葉を聞いて、ALUの情報網は本当に世界中に張り巡らされているのだと思い知らさせる。
それも、四天王と
(……本気なんだな、ユウヤ)
ユウキは、義兄がどれだけ執念を燃やして――この十年間を生き抜いてきたのかを感じ取った。
どれだけ本気で――魔王を殺そうとしているのか、その覚悟を感じ取った。
「――出立は、今日の夜だ。明日の朝には迷宮に辿り着き、攻略を開始する。もう夜が明けちまったが、昼寝でもして休養だけはしっかりと取っとけ」
言うまでもないが、こちらの作戦下に入るならば、指揮には従ってもらうからなと言い含めるユウヤに、言われるまでもないよとユウキは頷く。
そして、かつてずっと追いかけ続けていた、その頼もしい背中を見せながら去って行こうとするユウヤに。
ユウキは、小さく笑みを浮かべながら言う。
「――よろしくな、ユウヤ」
「――ハッ。誰に言ってやがる、弱虫ユウキが。足引っ張っるんじゃねぇぞ」
自称勇者サマ――と、今度こそ、ユウヤは振り返らずに。
俺は寝る。詳細はライに聞いとけと、投げやりに残りの仕事を部下に丸投げして去って行ったのだった。
◆ ◆ ◆
あの後、ライから作戦の詳しい内容と、急遽加わることになった自分たちのパーティ内での役割などを確認し、ユウキはライと共に男子メンバーのテントが固まるエリアへ、アリサはレベッカと共に女子メンバーのテントが固まるエリアへと移動し――それぞれ仮眠を取ることになった。
作戦準備段階にあたっては特に役割が振られていないお客さん状態であるユウキとアリサは、最悪出発までに起きればいいから好きなだけ寝ててくれと言われたが――まさか本当に夕方まで寝てしまうとはと、ユウキは自分に苦笑する。
「にしても、本当によく寝ていたな。出会ったばかりのこんな怪しげな集団の中で
熟睡できるとは、大人しそうな顔をして中々肝っ玉の太い奴だ」
ライはこちらを揶揄うような笑みを浮かべながらユウキに言った。
その笑みには――昨夜は、誰もいない廃墟の中ですら警戒を解いていなかったのにという言葉が込められているのをユウキは感じ取った。
そんなライの笑みに、ユウキはやはり苦笑を返す。
「まぁ、元々潰し合うより利用し合おうって言ったのはこちらですし。なのに、当の俺たちが警戒心剥き出しだったら、そちらも気分悪いでしょう?」
手を差し出した側が、もう片方の手を見えないように背中に隠していたら――その手を取ってくれるものなどいないだろう。
信用を勝ち取るには、こちらも信用するという姿を見せなければならないと、ユウキは微笑む。
「ユウヤはきっと、その辺も考えてあんなこと言ったんだと思いますからね」
「……いや、半分以上は自分が眠いから昼寝タイムを設けたんだと思うが」
己の言葉に対してはははと笑い声を上げたユウキに、「……だが、本当に不安はなかったのか? 大事なお姫様をひとりで己の目の届かない場所へ行かせて」とライは問うた。
その言葉に、ユウキは笑みを引っ込めて。
「――大丈夫ですよ」
ユウキは周囲に目線を走らせながら言った。
世界中に
ライは自分と同じテントで寝ていた。
ユウヤは、あんなことを言いながら、女の寝ているテントに忍び込んで襲うような真似をする男ではない――無論、時と場合により、それが最も有効で効率的だという場面ならば、そういった手段を辞さない男ではあるが、大事な作戦前にそんな暴挙には出ないだろう。炎のような激情家に見えて、蒼のような冷たいリスクリターンの計算も出来る男だ。
そして、最後にレベッカだが――。
「――レベッカさんは、絶対にアリサには勝てませんから」
鋭く斬り裂くような、その断定の言葉に、ライはその理由を問い掛けようとするが。
それよりも早く、ユウキの背中に――木の枝が銃口のように突き付けられる。
「それ――どういう意味?」
「……言葉通りの意味ですよ」
レベッカさん――と、ユウキは振り向くことすらせずに軽い調子で言う。
そんなユウキに不快感を隠そうとしないレベッカは、そのまま杖の先端を黒く発光させ始めるが。
「こら~。ダメだよ、レベッカ。大事な作戦前なんだから、そんな物騒な真似はしないで」
「……気安く話し掛けないでくれる?」
え~、一緒のテントでお昼寝した仲じゃん——と、アリサが気安くレベッカに抱き着こうとするが、レベッカはそれを鬱陶しいそうに避ける。
その際に杖を懐にしまって、気勢が削がれたとばかりにユウキとアリサから距離を取った。
「おはよう、アリサ」
「おはようじゃないわよ、ユウキ。今のはアナタが悪いわよ。私たちは客将みたいなものなんだから、せっかく入れてもらったチームの和を乱すような真似はしないで」
アリサはユウキを睨み付けるようにして言うが、ユウキは肩を竦めて「ごめん、気を付けるよ」とだけ言い、そのままレベッカへと向き直った。
「レベッカさんも、ごめんな。レベッカさんの力を馬鹿にしたつもりはないんだ」
「……ちょうどいい。作戦の前に、アナタたちに言っておきたいことがある」
レベッカは、ユウキを、そしてアリサを――細めた瞳で見据えながら言った。
「私は、アナタたちを信用してない。ユウヤがアナタたちを利用するといったから、利用はする。だけど――」
レベッカは、黒い風を背後に渦巻かせながら――確かな、黒い殺意を持って言った。
「――ユウヤの夢の邪魔をしたら、その時は私が、アナタたちを殺すわ」
射竦めるような眼差しを向ける黒い妖精に、ユウキもアリサも笑みを消す。
そんな両者の間に入ったライは――しかし、レベッカを窘めるではなく、己もユウキとアリサと向き合って言った。
「……ユウヤも言っていたが、俺らALUは、これから魔王軍は大きく動き出すとみてる」
九十年間――魔王が大人しくしていたこの九十年間で、世界は魔族の支配下に堕ちたといっていい有様になった。
この滅びた王都以外の全てのロマド王国の都市は、次々と魔族に恭順し、頭を垂れて、その支配を甘んじて受け入れている。
だが、それでも。
何故か、魔族以外の人類、亜人は、未だ——滅亡していない。
「もし、魔王が再び動き出したら――そして、その気分次第で、世界に対するスタンスを、支配から滅亡へと変更したら」
少なくとも――九十年前は、そうだったという。
己に歯向かうものは殺す。
従順でも気に食わなかったら殺す。
何もなくても、むしゃくしゃしたら殺す。
それが魔王という災厄だった。
そして、そんな王の真似をするように――他の魔族もまた、世界に対して、そういったスタンスだった。
これまで大人しかったのは、あくまで――療養していた王に気を使っていただけ。
もしかしたら王がそれで遊ぶかも知れないと思っていたから、壊さないで取っておいただけ。
満を持して復活した王が、ただ一言――やっぱいらないから滅ぼせと、そう言ってくるのを待っているだけ。
今の仮初の平穏は、ただそれだけに過ぎないのかもしれない。
「だからこそ、ここで示す必要がある。世界は、未だ魔族に恭順しきっていないと。お前らに牙を剥く気概を持つ獣はいると。それを示し、魔王の興味を惹かなくちゃいけない」
九十年前――それに成功したのが、かの初代勇者だ。
初代勇者の快進撃は、魔族の怒りを買ったが――当の魔王は、それを大層に面白がったという。
我が元へ辿り着いて見せろと、ひとりの人間の奮闘を歓迎したという――もし、魔王が復活したのだとすれば、つまり再び、必要になる。
魔王の退屈を紛らわせ、つまらないから滅ぼそうではなく、面白いから生かしといてやろうと――世界に対してそう思わせる、新たなる玩具が。
今度こそ、魔王の首に届き得る――刃が、あるいは炎が。
「恐らくは、これが最大にして最後のチャンスだ。俺たちの十年間の全てが……今日、この日に掛かっている」
そう言ってライは、ユウキに向かって一歩近づく。
「レベッカはお前らのことを信用していないと言った――俺もそうだ。他のALSのメンバーも、お前らのことを信用しているものは少ないだろう。だが、今回の作戦において、一人でも戦力が必要なことも、また事実だ」
だからこそ――と。
ライは、その黒い獣毛に覆われた手を、ユウキに向かって差し出す。
笑みも見せず、ただ――己が主の夢を叶える為に。
「頼むぞ――勇者」
そう、反勇者連合のメンバーたるライに向けられた――真っ黒な殺意を。
ユウキは、躊躇うことなく受け取るように、その手を強く掴んでみせる。
「――勿論です。夢を叶えなくてはならないのは、俺もまた同じですから」
こちらを睨み付ける黒い妖精と、こちらを値踏みする黒い獣人。
彼らの黒い
「
ユウヤが仲間を集め、世界中に網を張り、魔王に届かせるべく炎に薪をくべ続けていたように。
ユウキもまた――十年間、遊んでいたわけじゃない。
考え得る最高の師の元で、磨き続けていたのだ。
魔王の首に届き得る――黒い刃を。
ユウキは、それを確かめるように、己の腰に刷く黒い木刀の柄を握って。
「ふん――いつから人間どもは、陽が沈む前から眠たい夢を見るようになったのだ?」
その時――上空から声が降ってきた。
ユウキも、アリサも、ライも、レベッカも――瞬時に、その声の方を向く。
そこには、醜悪な異形が飛んでいた。
禍々しい翼。剥き出しの牙。鋭く尖った尾。
魔族が――十年ぶりに、王都の空を飛んでいた。
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