第4話 愛と会い?
琴美がたどり着いたのはお洒落なカフェの前。彼氏はまだ来てないようで琴美は腕に付けた時計を確認しながらソワソワとしていた。
「梅干し、まだ来てないみたいだね」
「そだねー」
「何を呑気に言ってる。これは大問題だ」
レコの頭上に乗っていたドムが地面へと飛び降り、レコたちを見上げてそう答える。
「何が大問題なの?」
「これだから餓鬼は困る。デートで女を待たせるイコール喧嘩のきっかけになるという事だよ」
「経験談ですか?」
ログの問いに目をそらしながら、黙り込むドム。おそらく図星であろう。
「でも彼氏が来ないのを私らでどうやって解決するっての?」
「彼氏をどうにかするのは無理だ。だからせめてあの女の機嫌を最低限朗らかにしてやる」
見ていろと一言ログたちに告げるとドムは琴美に向かって走り出した。
「ん? 何?」
足にふと何かが温かいものを感じ、琴美は首を下げる。
「にゃあ~ん」
そこには青と黒のブチをした猫が琴美を見上げながら、そっと琴美の足元に肉球を押し付けていた。琴美と目線が会うとあからさまな態度で首を傾げて、か弱い声をもう一鳴きする。
「「うわあ……」」
今までにした事のない、苦虫を嚙み潰したときより酷くしわの寄った顔を浮かべる双子。何をするかと思えば、こんな気色の悪いものを見せられるとは……
「わあー! かわいいー!」
気分を害した双子とは打って変わって琴美は感嘆の声を漏らすと、ドムを抱き上げそのまま頬ずりを始め出す。この異様とも呼べる可愛さと気色の悪さが混ざった空間に酷い吐き気さえ覚えてくる。流石のこの双子でもこれ以上見るのは精神に異常を起こしてしまう。
気晴らしに別の景色でも眺めようと目線を左へと向けると、レコはあるものを目の当たりにした。自分たちと同じように別の物陰から琴美を監視している30代ほどの男性がいたのだ。髪はオイルをかけたかのようにテカリ、やたらと汗をかいていた。どうせ、これ以上ドムたちを見るのもしんどいと思っていたレコはその男性に声をかけることにした。
「ねえ、そこのおっさん」
「う、うわあ!」
思った以上に強く肩を叩いたからだろうか、男は周囲が振り向くほどに悲鳴をあげた。琴美にこちらの事を知られたのではと、確認をしたが相も変わらずドムにベッタリである意味安心した。
レコは再び男性へと振り返る。男は麻雀のイラストの付いた赤いシャツとチェック柄のオーバーオールを身に付けており、持ち物は手さげかばん一つだけのようでそれをやけに大切そうに抱えていた。
「悪いね、おじさん驚かしちゃって」
「いえ、別に……というか、私おじさんじゃありませんから……」
レコはその男の顔を見ると妙な既視感に襲われた。先ほどは角度的に見えなかったのだが男の左の目元に大きなほくろが付いていたのだ。
「ねえ、おじさんもあの子の事見てたの?」
「な、何を言ってるのかわからないな」
目は泳ぎに泳ぎ、額からは脂汗がこれともかという程にあふれ、明らかに動揺してるし怪しい。レコは仮面越しからでもわかる疑惑の目で男性を捉えたまま沈黙を続けていると、琴美の方で変化が起きた。
「お待たせ、琴美! ごめん、待たせたりして!」
「あ、”圭吾”君!」
「け、けいご?」
ドムは猫の演技を忘れ、彼氏であろう男の顔を見上げる。そこにはパーマを軽くあてたフワフワ髪の端正な顔立ちをした男。服装は白のTシャツに黒のスキニー、そしてストライプ柄のシャツを羽織っている。
(こいつが依頼者? いや、だとしたら”あれ”がない)
「「あれが彼氏?」」
さすがは双子。二人そろって同じ言葉を口開く。
その隙を好機ととらえた男は琴美の元まで走り出し、着くやいなやこんな事をわめき散らかした。
「この裏切者っ!」
「え……」
琴美は急に来て、叫びをあげる男に混乱を隠せずにいた。
「だ、誰? この人」
「わからない……」
「裏切者っ! こんなチャラチャラした男と付き合うなんて! 僕には君しかいないって言うのに、こんな仕打ちを受けるなんて!」
いつの間にか琴美から離れたドムにログとレコが集まる。
「ねえ、これどういうこと?」
「どうやらあの梅干しにいっぱい喰わされたってわけだね」
「ああ……だが、それでも俺さんたちのやる事は変わらん」
「お、落ち着いてください。きっと誰かと誤解して……」
卓を落ち着かせようと、琴美が身を前に出すと男は手持ちカバンからある物を取り出した。ギラリと光るそれに琴美の身体が固まる。
「うるさい! 僕を裏切る君なんていなくなってしまえ!」
卓はそう叫ぶと、琴美目掛けて包丁を振りかざす。まるでスローモーションのように包丁が下ろされていく。それでも琴美の身体は動かない。彼女の脳を支配してるのは”死”という言葉だけ。
その恐怖から逃げるように、彼女は瞼を閉ざした。
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