第3話 お仕事開始

『システム正常に起動。お疲れさまでした。』

目を開くと光は既になくなっており、先ほどまで聞こえてきた怒号も聞こえない。それが時を越えたという証拠だと、ログたちはほっと一息をつく。

「ふう、レコが余計な起動中に私語を入れた時はどうなる事かと思ったけど、無事時代の転移には成功したみたいだね」

「ねえ、オーナーの猫がいないよ?」

そう言われ、ログも周囲を見渡してみる。確かに、先ほどまでいたカイルの姿が見当たらない。

「レコードの光に驚いて逃げたのか、それとも時代の転移に失敗したのかだね」

「マジ? うーん、とりあえずオーナーんとこに行ってみよっか」



対談室に行くとドムの姿が見えない。道中姿は見えなかったし、玄関へ続く扉の先にはソファやタンスでバリケードが張ってあるから外にいるわけでもない。

「あれー。オーナーまでいないんだけど」

「オーナーも時代の転移に失敗したのかね。困ったなこれからは僕らの手で仕事を収集しないといけなくなってしまったよ」

「えーめんどー……」

”ゴソッ”

不意に聞こえた物音にログたちの首が勢いよく動く。物音がしたのはドムが座っていたソファの裏側からだった。そっと隠れるように見下ろしてみるとそこにはドムが先ほど着ていたスーツとコート。

そして――

「見たな……」

そこには青と黒のぶちをした隈を付けた猫の姿が。何処から入ってきたのかという疑問も浮かんだが、もう一つの事が最前線に出てきた。

(今、言葉を話した?)

ログの疑問をよそ目にレコは猫を拾い、かかげる。

「うわー何この猫。ブサイクー」

「……良くそんな事が言えるな……クソガキが。」

かかげられた猫は心底うざったいという表情をしたまま、レコを見下ろしていた。ログにはその表情に強く既視感を覚え、口を開く。

「もしかして、オーナーですか?」

「ああ……」

「どういうこと?」


――机にちょこんと座り、猫のように毛づくろいをするドムに二人は珍しく最後まで黙って耳を傾けていた。

「つまり、時代転移の際に何らかの不具合があったせいで”オーナーとカイルが融合”してしまったと?」

「ああ、そうだ。身に覚えがあるだろ」

ドムとログの視線が一斉にレコに向くが、知らん顔で口を開く。

「戻し方は?」

「知らん。強いていうなら元の時代に戻る事だ」

「じゃあ今すぐ戻ろうよ」

そんなレコにドムは深くため息をこぼす。

「ったく、お前さんこの仕事始めて何年だよ......良いか? 元の時代に戻るためには少なくとも数日かかるし、口頭で伝えた”レコードの情報をリセット”しなくちゃいけないんだぞ」

時を越えるには時のレコードを使用して空のレコードにその情報を口頭で伝える事。今は馬場 卓という人間の情報がレコードに記録され、上書きや消去は不可能。一枚しかないので替えを使う事も出来ない。残された手段はただ一つ……

「リセットをするには対象の人間の人生そのものを改変させること。そうすればレコードに書かれた情報は虚偽となり、空のレコードが手に入る」

「つまりいつも通り仕事しろって事ね」

「ああ、資料はここにある。さっさとこの女を探すぞ」

ドムのくわえた資料には女性の写真と出身地について情報が書かれていた。


***


「んふふ~♪」

イヤホンをしながら鼻歌交じりに歩く浦原 琴美。まだ春の始まりだと言うのに温厚な気温に合わせ、白のトップスと水色のスカートといった身軽な姿で彼氏の待つ場所へと軽やかな足取りで向かっていた。

ふとそよ風が吹き、長く綺麗な黒髪がなびく。琴美は不意に後ろに気配を感じて、そっと振り向く。そこには電柱が数本順にそびえたつだけで人の気配はなかった。

「気のせいだよね」

最近誰かに後を付けられていることが多々あり、家族や彼氏・警察にも相談していた。実被害もない事から見送りになっていたが、それでもやっぱり気にはなってしまっていた。

「いけないいけない! せっかく久しぶりのデートなんだから!」

そういって琴美が再び前を向き、歩を進み始めると電柱からにょきっと人影が出てきた。

「いやー危ない危ない。せっかく隠れてたのにバレるとこだったよー」

「もっと慎重に動け。俺さんの肉体がかかってるんだ」

「それにしてはあの女性、やけに勘が鋭いみたいだね」

ドム達は琴美を尾行していた。捜査した結果、やはり琴美には彼氏がいるようで今日4月1日にデートの約束を取り付けたそうだ。

「彼氏ってやっぱあの梅干しなのかな」

「それ以外ないだろ」

資料によれば今日の昼下がり、喧嘩別れをしてしまうとのこと。そしてそれが卓にとっての人生の分岐点であり、レコードに記録した情報。

「俺さんたちの目的はそいつらが別れさせないようにすること」

「つまり喧嘩をさせないと」

「ああ、行くぞ」

琴美が曲がり角に過ぎていくのを確認した後、ドムたちは歩を早めた。


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