第30話 降りかかる火の粉は払わせてもらう

「――ッ!?」


 あまりに突然の出来事に、エルヴィを始め周りの森人エルフたちも反応が遅れてしまう。

 だが俺は、そんな中で腰のレイスの短刀ゴースト・ナイフを抜き放った。


 ――ギィンッ!という甲高い金属音が、里の中に木霊する。


 流石はザッパさんが鍛えた自慢の一振り。

 刃が欠ける気配すらないな。


「……いきなり斬りかかってくるなんて、穏やかじゃないな」


「人間……! 貴様、邪魔立てするか!」


「エルヴィはもう俺の仲間パーティなんだ。出て行けって言うなら出て行くが……命まで奪うつもりなら、降りかかる火の粉を払わせてもらうぞ」


「むぅ……!?」


 鉈剣を軽々と受け止める俺を見て、若干たじろぐエルモ。


 そりゃそうだろうな。

 俺と彼じゃレベルが違い過ぎる。

 力の差はあまりにも歴然。


 どうやら向こうもそれを感じ取ったようだが、荒っぽい気性故に引くに引けないらしい。


「そこまでじゃ!」


 ゼニヤさんが初めて声を荒げる。


「エルモ、頭を冷やさぬか! エルヴィは森神様の神託を聞き、このお方をここまでお連れしたのじゃぞ!」


「森神様の、だと……?」


 エルモは鉈剣から力を抜いて、俺たちから間合いを離す。

 だが相変わらずギロリとエルヴィを睨み、


「こんな裏切り者に、森神様が語り掛けるワケがない。デタラメだ!」


「本当、です! 本当に森神様が、シュリオ様をお呼びした、です!」


 果敢に反論するエルヴィ。


 流石に信仰対象の名前を出されると、エルモも下手な行動を取りづらい様子。

 よし、ここはもう一押し――


「デタラメかどうか、俺たちを森神様の下まで連れて行けばわかるんじゃないか?」


「! むぅ……!」


「もしエルヴィの勘違いだったら、大人しく里から出て行く。それでいいだろ」


「シュリオ様の仰る通りじゃ。刃を収めよ、この狼藉者めが」


 エルモはまるで納得いかない様子だったが、渋々鉈剣を鞘に納める。


 そして俺たちに背を向け、


「……もし本当にデタラメだったら、貴様らの首を即刻刎ねてやる。覚悟しておくんだな!」


 部下を連れて、里の奥へと去って行ってしまった。


 なんか嵐のような人だったな……。

 俺もレイスの短刀ゴースト・ナイフを納め、


「なんだか……歓迎されてないみたいですね」


「ハァ……本当に申し訳ございませんですじゃ、シュリオ様。なんと申し開きをしてよいのか……」


「気にしないでください。森人エルフの中には人間を嫌う者たちもいるってことは、俺も理解してますから」


「そう言って頂けると助かりますな……。あの者、エルモ・セサミスは優秀な衛人もりとなのですが、かなりの排他主義者で……里の中で最も人間を嫌っておるのです」


 ……まあ、無理もないっちゃ無理もない。


 衛人もりと――つまり衛兵となれば、里を守るために自然と盗賊なり奴隷商人なりと敵対する機会も多いはず。

 さっき会った盗賊も言っていたが、森人エルフの奴隷は高値で売れるからな。


 そんな奴らから同胞を守るため、人間の醜い部分を幾度も見続けた結果――人間とは〝悪〟だという考えに染まったのだろう。

 それでも随分な頑固頭だとは思うが。

 それにいきなり斬りかかられるなんて堪ったモンじゃない。


「エルヴィ、怪我はないか?」


「は、はい、です! ありがとうございました、シュリオ様!」


「ん。それじゃゼニヤさん、あんまり俺たちが長居してても里によくないでしょうし、さっそく〈聖域〉とやらに連れて行ってくれませんか?」


「お気遣い、痛み入りますじゃ。シュリオ様は本当に聡明なお方ですな……。森神様がお呼びした人間があなた様でよかった」


 ゼニヤさんはヤーコヴさんを始めとした数名の護衛を付け、俺たちを〈聖域〉と呼ばれる案内してくれる。


 それは里を抜けてさらに森の奥――本当に最低限の人が歩く道がある以外、大自然がそのまま残ったような場所。

 そんなところを抜けていくと――極めて古い石造りの祭壇が見えてくる。


 どうやらあそこに森神様は祀られているらしい。


「それでは、ワシらは待たせて頂きますでの。ここから先は、お二人で」


「わかりました。エルヴィ、行こうか」


「はい、です」


 俺とエルヴィは二人きりになり、祭壇へと進んでいく。

 そして祭壇の前の石畳で膝を突き、頭を垂れた。


「森神様……神託に従い、シュリオ様をお連れしました、です」


 エルヴィが言う。

 すると――



『……やあやあエルヴィ、ご苦労さん。待っとったでぇ』



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