第29話 受け入れる者と、受け入れない者

 俺たちの前に現れた森人エルフの男性は、ヤーコヴ・ハネミエスというエルヴィの叔父さんだった。


 彼は狩りに出ている途中、森の中にエルヴィの気配を感じ取って駆け付けたのだと言う。

 

「――そうか、ではそちらのお方がエルヴィの世話を……」


「はい、です! シュリオ様はパーティメンバーでもあり、命の恩人でもある、です!」


 ヤーコヴさんに森の中を先導されつつ、これまでの経緯を説明するエルヴィ。

 森人エルフは余所者を嫌いがちと聞いたことがあったが、どうやら彼はエルヴィと一緒で寛容な性格の持ち主のようだ。


「それはそれは。ありがとうございました、シュリオ殿。我が姪の命を救って頂き、誠に感謝致します」


「いやぁ、そんな……。俺は当然のことをしたまでですよ。それに、俺も少し前にエルヴィに助けられたばっかりですし」


「? と言うと?」


「そう、そうですヤーコヴ叔父さん! 私、森神様のお声を聞いた、です!」


「――っ!? な、なんだって!?」


 エルヴィの発言に、驚愕の顔をするヤーコヴさん。


 そりゃそういうリアクションになるよな。

 俺だって驚いたくらいだもん……。


「そ、それは本当なのか、エルヴィ……!?」


「はい、です! 森神様は、シュリオ様を〈聖域〉までご案内するよう私に申し付けた、です」


「ああ、なんということだ……これは大事だぞ……! まさかエルヴィが神託を授かってしまうとは……!」


 驚きのあまりカタカタと震え始めるヤーコヴさん。

 彼はすぐに俺の前に跪いて、


「先程のご無礼をお許し下さい、シュリオ殿! まさかあなた様が森神様に招かれたお方だとは露知らず……!」


「ア、アハハ……どうかそんなに畏まらないでください。正直、俺もどうして呼び出されたのか全然わかってないので……」


 どうせ神様の気まぐれとか、その類なんだろうけど。


 俺はヤーコヴさんに気を遣わないよう促し、再び森の中を進む。

 すると――ようやく〝里〟らしき場所が見えてきた。


「着きました、シュリオ様! ここが森人エルフの里、です!」


「ここが……」


 その場所は、よくある人里とは少し違う村だった。


 木製家屋の多くが樹木の上に建てられ、樹と樹の間に橋が設けられて自由に行き来できるようになっている。


 ツリーハウスと空中回廊の集合体――それが森人エルフの里なのだ。


「二人共、少し待っていてくれ。大長老に話をつけてくる」


 ヤーコヴさんはそう言うと、村の中へと入って行く。


 待つことしばらく――彼は複数の森人エルフを連れて戻ってくる。

 その中には、一目でわかるほど年老いた女性森人エルフの姿が。


「よくぞ森人エルフの里においでくださいました、人の子よ。ワシはこの里で大長老を務めております、ゼニヤ・ハーポラと申しますじゃ」


「ど、どうも。俺はシュリオ・グレンと言います。えっと……」


「そう恭謙なされますな。あなた様は森神様に招かれた大事なお客人。どうぞ堂々としてくだされ」


 なるほど、彼女が森人エルフの里の大長老なのか。

 確かに、見るからに貫禄のある人だな。


 ゼニヤさんは続けざまにエルヴィを見ると、


「久しぶりだねぇ、エルヴィ。外の世界はどうだったかね?」


「はい! とっても楽しくて、色々な発見があった、です!」


「そうかいそうかい、それはよかった。しかしまさか、エルヴィが神託を承るとは驚いたよ」


 そのやり取りは、まるでお婆ちゃんと孫のよう。

 まあ実際それくらい歳は離れてるんだろうけど。


「さてさて、シュリオ様。我ら森人エルフの里はあなた様を歓迎致します。さ、どうぞ里の中へ――」


 そう言って、彼女が俺を迎え入れてくれようとした――その時だった。


「――おい! なにをしている!」


 里の奥から、弓矢で武装した数名の森人エルフたちが姿を現す。


 見たところ狩人か、でなければ里の衛兵だろう。

 そんな森人エルフたちを率いているのは、屈強な身体をした弁髪の森人エルフ

 如何にも精強な戦士といった風貌だ。


 ヤーコヴさんは彼を止めようと立ち上がり、


「エルモ衛長! 待ってください、彼は――!」


「黙っていろヤーコヴ! 大長老、これはどういうことだ!?」


「見ての通りじゃ、エルモ。このお方を迎え入れようとしておっただけじゃが」


「汚らわしい人間を里に入れるだと!? ふざけるな!」


 エルモという弁髪の森人エルフは、憤怒の表情で俺に詰め寄ってくる。


「穢れに塗れた人間め……貴様を見ていると吐き気がする! それにエルヴィ! 里を抜け出しておいてノコノコ戻ってくるとは、いい度胸だな!」


 エルモは腰から鉈のような剣を抜くと――それをエルヴィ目掛けて振りかざした。


「裏切り者には制裁を! 死ねッ!」

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