第2話 脱退宣言

「――ぷはぁ!」


 意識が戻る。

 同時に、全身を包む水の冷たさ。

 息苦しさで勢いよく水面から顔を出し、空気を吸い込む。


「う……俺は、生きてるのか……?」


 ゲイツに崖から突き落とされて、意識を失って――。

 どうやら、運よく命は助かったらしい。

 落とされた先が地底湖だったからだろう。

 とはいえ……本当に助かるかは、まだわからないが。


「俺は、どれくらい眠ってたんだ……? それにゲイツたちは……」


 上を見上げるが、そこには人影も松明の光も見当たらない。

 周囲も完全に真っ暗で、地底湖内がどうなっているかの把握も困難だ。


 この地下洞窟ダンジョンの地底湖は、ほとんど調査が行われていない未踏の領域だ。

 そもそも地下洞窟ダンジョン自体に挑めるパーティが少ないため、その最奥にある場所となると情報はほとんどない。

 ゲイツたちもそれを知っているからこそ、俺をここに突き落としたのだろう。

 ここなら誰の助けも呼べないはずだとわかって。


「と、とにかく湖から上がらないと……」


 真っ暗で湖の端も見えないような状況の中、俺はとにかく真っ直ぐ泳いでみる。

 だが、少し泳ぎ始めたその矢先――ズズズッという音が下から響いてきた。


「っ、ヤバっ!」


 身の危険を察知した俺は、急激に泳ぐ速度を上げる。

 その直後――


『グオオオオオオオッ!』


 湖の底から、巨大なオオナマズが飛び出してきた。

 俺の身体の数倍はあろうというデカさで、明らかに俺を餌とみなしている。


『グオオオ!』


「こいつッ、俺は食い物じゃないぞ!」


 急いで俺は腰のポーチに手を突っ込み、中から麻痺玉を取り出す。

 それを、オオナマズの口目掛けて投げ込んだ。

 そして奴が飲み込んだ瞬間、ボン!と体内で爆発。


『グオオオオ!?』


 神経を痺れさせる効果がある麻痺玉の爆発。

 それをモロに受けたオオナマズは痙攣を引き起こし、ビクビクと身体を震わせながら水中に浮かんだ。

 こういう対処方が瞬時にできるのも、〔支援職サポーター〕の経験あってこそだなと我ながら思う。


「よし、今の内に……!」


 急いでオオナマズから距離を取る俺。

 そしてしばらく泳ぐと、湖から上がれそうな場所を発見した。

 なんとかそこまで辿り着き、ようやく湖から身体を引き上げる。


「ハア……ハア……い、生きた心地がしなかった……」


 俺はゴツゴツとした地面の上で大の字になる。

 九死に一生とは、まさにこういうことかもな……。

 しばし寝転がりながら息を整えていた俺だったが――不意に顔を横に向けると、そこに道のような洞穴を見つける。


「これは……人が通れそうだな。地底湖の中にこんな穴があるとは」


 俺はポーチの中から自作の防水マッチを取り出し、それに火を点ける。

 防水と言っても、普通のマッチに薄く蝋をコーティングしただけのお手製。

 これも〔支援職サポーター〕の役割であるパーティ補助を考え、いつどんなことがあっても火の元を確保できるようにと持っていた物だ。

 それが、パーティを追放された後に役立つなんて……皮肉だな。


「……ともかく、先へ進んでみよう。どこに繋がっているかはわからないが」


 頼りないマッチの火を頼りに、俺は起き上がって洞穴の中を進んでいく。

 始めこそ屈んで進むのがやっとの洞穴だったが、穴はだんだんと広く大きくなっていき、すぐに真っ直ぐ立ったまま歩けるほどの広さになった。


「この洞穴……自然に出来た物じゃないな。もしかしてゴブリンが掘ったのか……?」


 ゴブリンは明るく開けた場所を嫌い、洞窟などを好んで巣穴にする。

 そこで巣を拡大するため洞窟の奥を掘り進むことはよくあるが、もしやその類かもしれない。


「だとすると、ゴブリンの巣に行き当たるかもな……。俺一人で突破できるか……? クソッ、こんな時――!」


 パーティがいれば――。

 そう思った瞬間、俺の足は止まった。


「……そうか、俺にはもうパーティがいないんだよな。俺は……裏切られたんだよな……」


 虚しさと悔しさ、そして怒りが湧き上がる。

 俺が『白金の刃』に加入したのは、もう三年も前。

 当時まだCランクパーティだったゲイツたちは、駆け出し冒険者だった俺を温かく迎えてくれた。

 あの時、一緒に頑張ろうぜって……そう言ってくれたんだ。


「あの言葉が嘘だったなんて……。いや、利用されていることに気付けなかったなんて、俺はやっぱりバカなのかもな……ハハハ」


 やるせない気持ちで一杯になる。

 あの言葉に応えるために、俺は俺にできることを精一杯やってきた。

 だけどそんな気持ちを――アイツらは踏みにじりやがったんだ。


「……いいぜ、上等じゃないか。そっちがその気なら、俺にも考えがある」


 ギリッと歯を食いしばり、マッチを持たない左手でダン!と壁を叩く。


「お前らみたいなクズなんて、こっちから願い下げだ。お前らがバカにした〔支援職サポーター〕は無能なんかじゃないって……証明してやるよ」


 〔支援職サポーター〕は役立たず職業ジョブなんかじゃない。

 生きてここを出て、それをハッキリさせてやる。


 それは、俺から『白金の刃』への絶縁宣言。

 もう二度とあそこには戻るまいという覚悟の現れだった。


 すると―――その時である。




『パーティからの脱退を確認しました。仲間に付与していた〝経験値〟がスキル使用者に返還されます』


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