第二章:The Wailing

(1)

 この世には絶対に「社交辞令」ってモノを言ってはならない相手が存在する。

 例えば、喫茶店の店員が迷惑千万なチンピラの客が帰る時に、社交辞令のつもりで「また、お越しください」とか言ってしまったとする。

 残念ながら、この店員は自分のやった事の意味を判ってない。

 当然ながら、翌日から、毎日のように、その迷惑千万なチンピラが客としてやって来る羽目になるって訳だ。

「あの……お客様、ここでは……その……」

「うるせえ……」

「あのさ……値段、また上がってない?」

「ですから……その……お客様、ウチの店で……」

「あのな……俺達がどんな奴か薄々知った上で『また、お越しください』って挨拶したんだろ? 言われた通り、また来てやったのに、何で文句付けてんだ? ん?」

「え……えっと……」

 店員が窮地に陥ってるのに……店長は見て見ぬフリ。

 テーブルの上には、白い粉が入った小さいパック。

「あ……あのさ……俺……あんたらにとってはお得意様だよね?」

 チンピラと同じテーブルに居るサラリーマン風のおっさんが、チンピラにそう言った。

「ああっ?」

「えっと……」

「ビタ一文まけねえぞ。あんたが出来る事は2つに1つだ。俺の言い値で、これを買って帰るか、金を払わない代りに、手ぶらで帰るかだ」

「えっ…えっと……」

「おっさん、何、グズグズしてんだ? 店員さんも迷惑してるだろ」

「えっ?」

 話をふられた店員の顔に浮かぶ感情は困惑……と云うか恐怖。

「このおっさん、迷惑だよな?」

「えっと……」

「このおっさん、迷惑だよな?」

「あ……あの……」

 SNS上で自分より頭がいい奴を論破しようとしてる抜け作みたいに同じ台詞を延々と繰り返し続ける。

 そして、困った事に、ここは現実世界なので、ブロックもミュートも不可能だ。

「あ……あの……」

「どうした、おっさん?」

「クスリ、有りませんよ?」

「へっ?」

 チンピラ、おっさん、店員は、全員ポカ〜ン。

 やがて……チンピラが何かに気付いたような表情になる。

「おい……おっさん、どこに隠した?」

「へっ?」

「おいおい、市役所に勤めてる立派な公務員様が……万引きか? 職場に電話すっぞ」

「お〜い、探してんのは、コレか?」

 近くのテーブルに居る、俺の相棒の「幕下」改め「十両」が、そう声をかける。

 相棒の呼び名だけ昇進したのに、俺の呼び名な「チビすけ」のままだ。

 相棒の手には……白い粉が入った小さいパック。こいつのO*E P*E*Eのル○ィもどきの能力で、隙を見てガメたのだ。

「て……てめえ……どうなってる」

「おい、あんたこそ、誰に断って、ここで、そんなモノ売ってる?」

 続いて、俺が、そう声をかける。

「誰に断ってだと? 俺は……」

 その時、チンピラの携帯電話ブンコPhoneに通知音。

「そのメールを見ろ?」

「へっ?」

「見ないと後悔するぞ」

「ど……どうなって……ああッ⁉」

悪いわりぃな。俺達、あんたの『会社』の親会社の親会社の……ともかく、一番上の親会社の……まぁ、判り易く言うと……風紀委員なんだわ」

 そして……俺は……「使い魔」どもを呼び出す。

 多分、このチンピラには「使い魔」には見えない。だが……存在は感じる事が出来る筈だ……。

 そして……本能的な恐怖を感じるだろう。

 それも、一番タチの悪い恐怖……恐怖の理由が判らない恐怖だ。

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