第20話 思慮、思惑
—— ルクス王国、王座の間。
「高いところからすみませぬ、勇者殿。よくぞ、聖剣を持ち帰ってくださいました」
『勇者が聖剣を手にした』というニュースは、瞬く間に王国内に広がった。
無論、魔王軍に漏れるリスクも承知の上。
しかし、無駄に恐れてくれるならむしろ王国側のメリットになりうる。
聖剣は一度しか使えないのだから。
「組織のトップが簡単に頭を下げるな。……これが私の任務だっただけだ」
「ご配慮を……しかし、良い知らせがあれば、悪い知らせもあるのが、世の常ですな」
ルクス十世の言う悪い知らせとは、”魔王軍四天王”の復活。
狂気と非道の権化、不死王。
力と恐怖の象徴、鬼王。
血の探求者、戦王。
生命のユダ、竜王。
『祖の魔王』がかつて、魔王の座を争ったと言われる、魔族の強者たち。
その誰もが、『子の魔王』を凌ぐとされている。
「先日のハルピュイアは、不死王の差金です。調査を行った兵士は……いえ、ここでする話ではありませんね」
エレディス元帥は、唇から血を流すほど食いしばる。
狂気と非道の権化が、彼らにどの様な仕打ちをしたかなど、想像もしたくない。
「……して、勇者殿。もはや、選択を貴方に任せる他あるまい。時間が必要なら、補助しよう。—— いかがなされるか」
これは、本心である。
規格外な勇者であるが故、これまではなんとかなってきた。
だが、四天王相手となるとそうは行かない。
『子の魔王』を凌ぐ……それがどれほどの意味を持っているか、わからない国王ではない。
今までは”運良く勝利した”だけ。
それを誰よりもわかっているのは、国王なのだ。
一方で、これは本心ではない。
四天王が強力だからこそ、勇者でなければいけないのだ。
もし仮に、勇者が「時間が必要だ」と言ったならば、全力で補助しよう。
策を練り、軍を動かし、血を覚悟しよう。
だが、あまりに犠牲が大きすぎるのだ。
大切な国民を、国に忠誠を誓った兵士たちを、帰りを待つ人々を、これ以上犠牲にしたくないのだ。
願わくば——
「決まっている、私が行こう。考えるまでもない」
「かたじけ……ないっ……!」
国王は、泣いた。
自分の情けなさに。
自分の狡猾さに。
そして勇者の、広い器に。
見送りは行われなかった。
勇者が拒んだのだ。
他にやるべきことがあるだろう、民を大切にしろと。
勇者はたった四人で、王国を後にした。
「今回ばかりは、私も命を堵して、一矢報います」
エルディスは、人生最後の戦闘装束を身に纏う。
『傾国の大剣士』
彼が現役時代に授かった二つ名。
かつて、ルクス王国を揺るがすほどの紛争が起きた際、ほとんど一人でそれを沈めて見せたことから授かった。
現役を引退してから、二十余年。
一日たりとも、修練を欠かしたことはない。
むしろ、現役時代よりも『技』の磨きに時間が取れる様になったことから、その域はもはや『剣神』。
もはやお馴染みとなったカティオ、そして貴重な治癒術師であるプラビアを引き連れ、フルパーティで向かうは『ミレス平原』。
魔界と人間界の、ちょうど中央に位置し、過去最も多くの兵士が戦い、死んでいった場所。
現在行われている戦争でも、その最前線である。
そしてその戦況は、『不死王』の復活により一変していた。
アンデッド—— それは度々、腐った死体や白骨化した死体が活動するそれを意味する。
既に死んでいるからこそ、これ以上はもう死なない。
故に不死。
だけではない。
不死王が司るは、逆説的に”生”と”死”である。
それらの定義を曖昧にしてしまうほど、不死王が司るその力は常軌を逸していた。
不死王が操るのに、もはや生死など関係ない。
正確に言えば、命ある者かどうかなど関係ない。
万物を”生”と捉え、”死”と仮定する。
その正体は、万物の操術者である。
「勇者様御一行が到着されました!!」
幾晩かを越えて、『ミレス平原』が見晴らせる基地に到着する。
馬車を降りたプラビアが漏らした一言は、「酷い」である。
ミレス平原には狂気が満ちていた。
切っても焼いても立ち上がってくる死体を前に、兵士たちは戦意を喪失し、締め殺され、そしてその亡骸がまた立ち上がり、兵士たちを襲う。
そしてその背後には、巨大な土や樹木のゴーレムが、質量にかまけて仲間ごと兵士を圧殺する。
これは戦争ではない。
一方的な虐殺である。
「……この通り、我々にはもはや、奴らの進軍を妨げる術はありません。……今……私たちは、奴らに……遊ばれているのです……っ!」
これほどまでとは、とエルディスは驚愕した。
当然、最前線に送り出した兵士たちは、とりわけ歴戦ばかりである。
手塩にかけて育て、意思を共有し、盃を交わし、王国の未来を誓った兵士たち。
それが、遊ばれている? 虐殺されている?
許せるわけがない。
同時に、受け入れられるはずもない。
我を失いかけたエルディスは、勇者の一言で我に返る。
「貴方達に敬意を表する。よく耐えた。後は任せろ」
だからこそ、我々が来たのだと。
これ以上、奴らの好きにさせてたまるかと。
エルディスの頭に登った血は一瞬で氷点下を割り、冷たい殺意に変わっていった。
「勇者殿……道は、必ず私が斬り開きます」
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