第21話 傾国の剣神

 



 〈斬撃強化〉〈見切り〉〈超反応〉〈超加速〉。


 エルディスが持つスキルである。



 兵士や冒険者が持つスキルの数は、一般的に一つから二つが多い。

 三つともなれば『篝火の英雄』クラスだと言えるだろう。


 スキルはレベルアップに応じて不確定的に獲得する。


 レベル30で三つ持つ者もいれば、レベル50で二つしかない者もいるのだ。


 スキルを四つもつエルディスは、そう言った点では”天才”と言えるだろう。





 —— 『ミレス平原』最前線では、アンデッドの群れにエルディス総帥一人で立ち向かっていた。




 斬る。


 切る。


 Kill。



 避けては斬り、受けては斬り、流しては斬り、斬られる前に斬る。


 斬っても斬っても、敵は減らない。


 アンデッド故に死なず、死なない故にアンデッドである。



 それでも、エルディスは斬る。


 なぜか?

 後ろに控える勇気ある者に、次を託すため。



 短い時間だが、勇者と過ごしてきたエルディスには分かる。

 この程度の相手、勇者に傷を負わせることもできやしない。


 コストに対するパフォーマンスは、老いた己が体に鞭打つよりも、勇者がさっさと片付けた方が早いだろう。


 しかし、それではエルディスの気が収まらない。



 大切な兵士が遊び道具にされたのだ。

 大切な兵士が死より苦しい拷問を受けたのだ。


 自分が弔わずして、誰が弔うのか。

 そう、これは彼の弔い合戦であった。




 勇者は一対一という状況下であれば、長期戦も苦手ではない。


 彼が力を最大限発揮して活動できるのは、およそ10分。

 それほど長引く一対一の戦いなど、ありはしない。

 まして、それが勇者相手だとするとなおさら。



 しかし、この戦場では違う。

 あまりに敵の物量が多すぎる。


 オークの時とも違う。

 敵の将はあの時ほど甘くないし、必ず何か奥の手を持っている。



 だから、エルディスが少しでも勇者の負担を減らすのだ。

 戦略上、最重要な役割を持っていると言っても過言ではない。



 そして、エルディスが人類で最もこの役割に適しているとも言える。



 その理由は、スピード。



 エルディスのレベルは88。

 これは現在、ルクス王国で最も高い数値だ。


 そのレベル分だけステータスは高く振り分けられている。



 ステータスは力、俊敏、技、硬さ、精神、魔力の六種類。

 当然、若い頃のエルディスは力に拘った時期もあった。


 だが、次第にその割合は俊敏に振られていった。

 その理由は、レベルによる力の強化の仕組みにある。




 レベルによる力の強化は、”魔力の補助筋肉化”と言える。

 つまり、通常の筋肉に加えて、魔力が使用者の動きをサポートするのだ。


 これにより物を持ち上げる力や、押し出す力などが通常よりも働く様になる訳だが、一つ問題がある。



 魔力に寄らない筋肉量が少ないほど、効果を発揮しなくなるのである。


 なぜなら、”魔力の補助筋肉”に頼り過ぎてしまえば、容量以上の膂力を発揮した時に、元の筋肉や骨、内臓などを損傷してしまうが故に、リミッターが掛けられてしまうからだ。




 エルディス元帥は歳をとるにつれ体の衰えを感じ、若い頃より明らかに”魔力の補助筋肉”が機能しなくなってくることに気が付いた。



 だからこそ、代わりに俊敏を増やした。



 レベルによる俊敏の強化の仕組みは、”魔力操作での障害物の除去と推進力の獲得”である。


 任意の行動に対する障害物—— 例えば空気抵抗を一定程度、無視することができる。

 そしてまた、任意の行動に対して魔力で推進力を作ることにより、行動が高速化される。


 行動を推敲する力は直接強化されないが、速さを得ることにより結果として、相手に与える破壊力が大きくなる。


 剣士であれば、特に。



 エルディスの筋力では、単純な短距離走などでは能力を発揮しにくいが、剣を振るう速度は技術も含めて、間違いなく現代一だろう。


 音すら置き去りにするその剣戟は、一撃で正確にアンデッドの体を両断していく。


 両断されたアンデッドは、死にこそしないものの、再生には操作よりも術者のリソースを使う。

 無尽蔵に生み出される両断されたアンデッドを再生させることは、『不死王』にとって枷でしかない。



 不死王にとって、ある意味唯一の”天敵”とさえ言える相手が、もしかしたらエルディスなのかもしれない。




 そんな彼にも、限界が来る。


 老人である彼が戦える時間など、長くは無い。


 15分以上も孤軍奮闘できたのは、もはやその精神力による奇跡としか言いようが無いほど。


 広いミレス平原で、この一角だけは、ほとんどの人型アンデッドは戦闘不能状態に陥っていた。




 息が上がり、正常な判断ができなくなる。


 ここらが潮時—— エルディスは自分の人生すら、ここで終わらせて良いと思っていた。


 しかし、彼は言った。




「充分だ。あとは休んでいろ」




 彼は、勇者は、今までと比べても遥かにその”圧”を増していた。



 見てみたい。


 彼が、過去の魔王たちを凌ぐとさえ言われる四天王に、勝つ姿を。


 大切な兵士たちを苦しめた不死王を、滅ぼす姿を。




 勇者ゴルスチは、新しく用意した漆黒の防具を纏って、その戦場に躍り出た。



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