第19話 聖剣の資質

 



「覚えてるのは、勇者の旦那が最初にドラゴンをぶん殴った時かな。あれはさすがに参った。驚きすら通り越して、違う世界の御伽噺を聞いてる感覚だったよ。だって……マジもんのドラゴンだぜ? 信じられるかよ」


「そうですね……単純に”殴る”という表現がしっくりこないのですが……”衝突”した? ”弾き飛ば”した? どう表現しても事実が変わる事は無いのですが、感覚的にはそんな印象です」



「ドラゴンの表情はわからねえけどよ、さすがに驚いたと思うぜ。一瞬、時が止まったもんな。あ、旦那は別な。気付いた時にはドラゴンの足元に潜り込んでたよ。俺らにゃ余韻もクソもねえがな」


「あの時、勇者様には既に次の一手、二手が見えていたのでしょうね。ドラゴンの知識があったかどうかはわかりませんが、今考えてみれば間違いなく最善の行動だけを選択していました」



「そこからさ。ドラゴンの反撃は。背筋が凍ったね。あんなでかい生物が、人間一人潰そうと暴れまわってなあ……正直よく見えなかったけどさ、旦那には全部、見えてたんだろうぜ」


「まあ微かにですが……ドラゴンの腕や尾が当たりそうになる度、衝撃に逆らわずにくるっと躱してたように見えました。あれは、身軽と言うのでしょうか? そうですよね、見てないからわからないですよね……」



「そしたら、ドラゴンがばーっと羽根を広げて、もう暴風よ。俺なんか尻餅ついちまったよ。いや立ってられないんだって、マジで。旦那あ? 見える訳ねえだろ!」


「いつの間にか乗ってたんです、ドラゴンの背中に。御伽噺でよくあるじゃ無いですが、ドラゴンの背に乗る勇者。私あれ、大好きだったんですよ! こほんっ、それはいいとして、ドラゴンも気付いてなかったでしょうね」



「あのでっっかい羽根を、根本から持って、体ごとこう、グキッと。何だっけ、ワニ種の魔物っているだろ? あいつらがよくやる”デスロール”みたいに、旦那は体ごと回転して、羽根を捻ったんだ」


「ほとんどの魔物や魔族は、翼を媒体に飛びますからね。まるで飛ぶのを読んでいたかの様に……いえ、多分その他のどんな行動に出ても、対処する策はあったのでしょうね」



「その後は……俺にはわからん。普通に殴ったと思ったらさ、ドラゴンがこう、血反吐撒き散らして暴れるのよ。そりゃ旦那の拳は半端ねえけど、相手はあのドラゴンだぜ? どんな魔法使ったのか、検討もつかねえ」


「すると、声がしたんです。今まで聴いた中で一番低い声でした。低過ぎて、実際に響いてるのか、頭の中で響いてるのか、わかりませんでした。考える余裕もなかったですし」





「—— 私の負けだ、強き勇者よ」




 ヴェルムドラゴンは地面に突っ伏し、ぐったりと項垂れながら降参の意を示した。



 当然、何も知らない勇者は”生殺与奪を握っている”と言うことも、”本当にこれ以上戦う意思が無いのか”と言うことも、計り知れない。


 元が軍人の彼である、情けを掛けろと言う方に無理がある。



 とは言え、初めて敵と意思疎通を取れたのも事実。

 一切の緊張を解かないまま、カティアとプラビアに回答を託す。




「……ええ、本当だと思います。そもそもドラゴンは古来、人類の味方と聞いています。彼は、本当の意味で門番なのでしょう」




 それを聞いた勇者は、一度その身をヴェルムドラゴンから離す。

 未だ、緊張は解いていないが。




「……要求は」


「聖剣を持っていけ。これで私の役目は終わった」




 項垂れたままヴェルムドラゴンは、視線を奥に流す。

 台座に淡く光り輝く、純白の柄と漆黒の刃——紛れもない、聖剣である。



「あれが……」



 思わずカティアは声を漏らす。

 売れば一生どころか、末代まで遊んで暮らせるだろう。

 そもそも市場に出て価値があるかどうかは疑問だが。



 勇者はゆっくりと台座へ近づき、それを手に取る。


 台座になっている岩は、数百年の間に長年魔力によって押しつぶされ、堆積岩となり変形していた。

 軽く握った程度ではびくともしないが、勇者は力任せに引き抜く。



 岩の砕ける音と共に、ばらっと堆積岩が崩れる。



 純白の柄は、技術の結晶。

 全てを浄化し、持ち主に治癒を齎す。


 漆黒の刃は、魔力の結晶。

 あらゆる邪悪を跳ね除け、無に返す。



 一般の戦士が持てば、立派な片手剣。

 しかしこの勇者が持つと、少しばかり小さく、短剣—— 勇者比、ナイフの様なものだろう。



 しかし、魔力のない勇者から見ても、そのうちに秘められた想像を絶するエネルギーを感じ取ることができるほど、現世からかけ離れた剣であることに間違いなかった。




「良いか、強き勇者よ。その剣は、魔王以外に使うな。もはや、魔王を滅ぼせるのはその剣だけだからな」



「承知した。元より頼る気はない」




 そう、勇者は聖剣などアテにしていない。

 この戦いを、己のものとしたかったから。



 だが、勇者は感じていた。


 己の力の限界を。


 己の通用する限度を。


 越えなければならないと考えていた。


 過去の、自分を。



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