第18話 男の器
高く聳えるヴェルムドラゴンの頭部に、鉄拳が振り下ろされる。
長く太い首と、岩の様な骨格に守られたその頭部だが、それでもあまりの重さに下へと垂直に弾き出された。
ヴェルムドラゴンは考えていた。
確かに、自分は老いた。
友との戦いから、既に1,000年近くが経った。
あの頃—— 全盛期は、できない事なんて想像ができなかった。
自分だけではなく、あの頃世界を舞台に戦っていた味方も敵も、みんなそうだったであろう様に。
あの戦いが終わってからは、退屈だった。
何度か現れた『勇者』と名乗る者たちも、借り物の力に使われるだけの小さく弱い器だった。
適当にあしらって、返した。
今の魔の子も、”調停者”が出張るほどの脅威でもなかった。
この世界の全盛期は過ぎたのだ。
そう思っていた。
だが、目の前にいる男はどうか。
自分を見ても全く怯まないどころか、むしろ油断していたのはこちらの方。
気が付けば見下ろしていたはずが、その拳を見上げていた。
人間にしては大きい、それはそうだ。
しかしそれだけではない、この男には間違いなく”器”がある。
自らの力を余す事なく扱いこなす、大きな”器”だ。
種という壁を越え、今まで純粋な力だけで言えば、押し負けたことのなかった自分が、殴り飛ばされた。
想像も、懸念も、注意もしていなかった事だった。
ヴェルムドラゴンが勇者に感じたのは、”怒り”よりもむしろ”興味”。
この勇者、邂逅より一瞬で、ヴェルムドラゴンのお眼鏡に適っていた。
だがそれと、この戦いは別の話。
既に戦いの火蓋は切って落とされていた。
決着を付けなければ、次には進めない。
いや、それすら全て言い訳。
本当は諦めかけたこの世界に、もう一度希望を見たかっただけ。
普通であれば意識を手放していてもおかしくないほどの一撃だったが、腐っても老いても門番、竜の子孫、『祖の勇者』の友である。
瞬時に体に魔力を巡らせ、身体強化していたため、すんでのところで踏みとどまる。
勇者の気配を辿る。
足元—— それはそうだ。
リーチは圧倒的にヴェルムドラゴンに分がある。
戦うのならば至近距離、それは予想できていた。
既に”息吹”を撃てるほどの距離はない。
ならばこの体格に任せ、圧殺するのみ。
ヴェルムドラゴンは体をくねらせ、地面に打ち下ろす。
この程度で捉まる相手ではない。
そこからさらに体を回転させ、広い範囲を尾を含めて薙ぎ払う。
それでも捉えられない。触れた感触もない。
硬く鋭いドラゴンの鱗は、一方で鈍感なもの。
勇者は、さながらしなやかな樹葉の様。
ヴェルムドラゴンの頭を殴り飛ばした力強さから連想される"硬さ"とは逆。
いっそ—— 飛んでしまうか。
いくら広いとはいえ屋内、天井の高さも15メートルと無いが、一瞬飛び上がって"息吹"を浴びせるくらいなら問題ない。
いくらしなやかでも、いくら頑丈でも、この息吹を耐えられる者など、過去居なかった。
翼を大きく広げ、跳躍。
聖域の間に暴風が吹き荒れる。
風魔法で飛行する生物の中でもっとも大規模。
勇者が過去経験したハルピュイアなど目でもなかった。
突如、ぐらつき。
しまった、片翼を掴まれた。
もともと翼を広げるタイミングを狙って—— 。
翼は体の中で最も筋肉が少なく、骨も細い。
その広い体積を支える為である。
ねじれる。
抵抗できない。
ブチブチといやな音が鳴る。
痛い—— それ以上に、不味い。
飛行魔法の媒体は翼、片翼でも使えなくなれば飛行は不可能。
つまり、息吹は撃てない。
負けはしない、そう思っていた。
魔力もない勇者、いくら強いと言えど、決定打が無いと。
しかし今現在、決定打が無いのはどちらの方か。
その体格を駆使するも勇者を捉えられぬ竜。
決死の一撃でダメージを蓄積できる勇者。
老いたこの体、そう長くは動けまい。
長期戦になれば身体強化も解け、いずれ勇者の拳がより大きな脅威になる。
ヴェルムドラゴンの体が地に落ちる。
落下による大きなダメージこそないものの、自重を吸収しきるには少しばかり、細くなり過ぎた。
この隙、勇者が逃すはずもない。
—— 発勁。
召喚された当日、勇者が見せたもう一つの奥義。
背中の上から体内にかけて浸透した衝撃は、容赦無くヴェルムドラゴンの巨大な内臓にダメージを与える。
竜は鱗こそ最上の硬度を誇るが、それ故に筋肉、内臓は柔い。
炎魔法の媒体とする内臓機関が損傷する。
恐らくこれでもう、息吹は撃てまい。
詰みである。
「—— 私の負けだ、強き勇者よ」
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