第17話 ヴェルムドラゴン
ルクス王国には創世期から伝わる伝承が二つある。
一つ目は『勇者と魔王の王国戦記』。
それまで”国家”という単位もなく、悪戯に派閥同士の争いを繰り広げていた元界を、『祖の勇者』と『祖の魔王』がそれぞれ人間界、魔界に統一した。
“種”こそが多くの意思を一つにするという思想のもと作られたものが人間界。
“力”こそが多くの意思を一つにするという思想のもと作られたものが魔界だった。
勇者は”種”の中でさらに”戦闘”に向いているもの、”物作り”に向いているもの、”政治”に向いているものなどを分けていき、それぞれの方法で魔界と戦った。
一方で魔王は、力のある種、個体を集め、それ以外を力で支配し、無理に統率しようとせず、彼らの力を発揮させた。
この物語の最後は、人間界が”種”の結晶である『聖剣』を用いて、その圧倒的な力で魔王を滅ぼしたとされている。
実際は封印されていただけなのだが。
そしてもう一つの伝承は、『竜と妖精の創世記』である。
遥か古代、竜は"生命"を司り、妖精は"自然"を司っていた。
ある日、竜と妖精の間に二人の子ができた。
女の子は妖精の性質を強く継いでおり、自然の中で生命が根付くことを望んだ。
男の子は竜の性質を強く継いでおり、生命が自然を支配することを望んだ。
二人は対立し、それぞれ自らが望む生命と自然を作り出した。
女の子が作り出した生命は、人間やエルフ、ドワーフ、ノール、などの人族。
男の子が作り出した生命は魔族や巨人、魔物など多岐に渡った。
様々な種族が現れたことで、世界には争いが絶えなかった。
人間と魔族、エルフと魔物など、永い永い時の中で、何度も争いを重ねた。
それに終止符を打ったのが、二人の両親であった。
竜の親は、自分に模した生命を"調停者"として世界に解き放ち、邪悪な生命を葬ることで争いを鎮めた。
精霊の親は、数千年に一度、大自然災害により、増え過ぎた生命を間引きする事で、争いの火種を減らした。
ルクス王国に伝わるこの物語の最後は、"だから竜は魔族の敵である"というなんとも自分勝手な解釈をするのである。
故に、ルクス王国の人々は皆、竜の末裔を絶対的な力の象徴として信仰しており、畏怖しているのであった。
それはカティオもプラビアも、例外ではない。
現代において、『竜と遭遇した』などという話を聞くだけでも、一生に一度あれば珍しいほど。
実際に目の当たりにする者など、どれほどいるだろうか。
しかもほとんどの場合、竜は人類の味方とされてきた。
かの『祖の勇者』時代も、彼に味方したのは誰もが知っているであろう。
しかし目の前の竜、過去の伝承に照らし合わせるならば、ヴェルムドラゴンはどうだろうか。
聖剣を前に、まるで勇者たちを近付けんとばかりに立ちはだかる。
敵か?
味方か?
誰がみても、敵。
神話の神。
目の前にして、動ける者など—— まして戦おうとするものなど、皆無。
まさに、”蛇に睨まれた蛙”。
だがそんな神話などつゆ知らぬ男が一人。
ゴルスチの走り高跳びの記録は、世界記録を1メートル上回る3.5メートル。
そして腕の長さ、1.2メートル。
彼の身長が2.7メートルであるため、全て足した時の最大の高さ、7.4メートル。
これが、ゴルスチが直接攻撃できる最大の高さと捉えて良い。
正しくは、飛んだ時の腰の高さが3.5メートルであるため、1メートルほど下がるだろうか。
頭から尾の先まで含めた体長、およそ13メートル。
地面から頭の頂まで含めた体高、およそ7メートル。
両翼を広げた時の幅、およそ18メートル。
推定体重、およそ10トン。
体格だけ見れば、ティラノサウルスすら凌ぐ。
敵の全体像を把握し、ウィークポイントが頭部であろうことは、瞬時に見抜く。
高さ—— ギリギリである。
もし体を起こし、頭をより高く上げられたら、届かなかったであろう。
今まで出会った何よりも強力な敵、それはわかる。
だからこそ、一切の猶予、一切の躊躇も許されない。
敵が認識するよりも——
味方が認識するよりも—— 早く。
これはもはや、本能と言っても良い。
狙うは、竜の眉間。
ゴルスチの体重は、推定で竜の6%程度。
これを人間で例えた場合、成人男性の平均約70キロとした時、4.2キロ。
普通に考えれば、たかだか4キロ程度の生き物に殴られたところで、どうという事はない。しかし、考慮すべき点が二つある。
まず、ゴルスチのスピードと回転力。
彼のトップスピードは時速48キロであり、現在はそのトップスピードを維持した跳躍をしている。
かつ、体を軸に腕を縦回転させることにより、拳の衝突速度はゴルスチ自身が動く速度に回転の速度が加わる。
彼独特である拳の重量比率が高いことも相まり、衝突時の速度は時速120キロを超えた。
そしてもう一つ考慮しなければいけないのが、体重を伝える技術である。
いくら体自体が613キロあろうとも、人間は多くの関節を含むため、それぞれで衝撃を吸収するため、普通は全体重を拳に乗せる事はできない。
それを可能にする技術が『剛体術』。
拳が衝撃を伝えるその瞬間だけ、体にある全ての関節を筋肉で固定する。
最初から固定してしまってはそもそも拳にスピードを与えることができないなど、さまざまな制約があるため、想像を絶する様なセンスと努力を要求される、打撃技の奥義である。
つまり要約すると、このゴルスチの攻撃は、体重70キロの人間が時速120キロで迫る4.2キロの鉄球を頭部に受けるほどの衝撃、ということである。
想像できるだろうか?
そして今、その拳が、ヴェルムドラゴンの眉間に放たれた。
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