第16話 真紅の主人

 



 勇者は、自身が正確にどの程度の衝撃まで耐えられるか知らない。

 実験するには必要な兵器があまりに強力で、リスクが大き過ぎるのだ。



 銃撃は耐えられる。刺突も。車両衝突も。


 では『AT-4』、対戦車無反動砲、つまりロケットランチャーならどうか。



 敵兵がゴルスチの為だけに用意した兵器。

 土嚢から飛び出した勇者を見て、標準をつける。


 それをまた、ゴルスチも見ていた。



 ギリギリまで惹きつけた、避けられない距離の発砲。

 敵兵もプロ。命を賭けている。





 勇者は目の前に迫る火球に、『AT-4』の砲弾を重ねていた。



 避けられない。あえてそうした。

 両の掌を重ね、前に突き出す。



 爆音が響く。


 爆炎と煙が、勇者を包む。



『家なんてすっ飛ばすぜ』とカティオは言った。

 恐ろしい威力だ。

 どんなに鎧を着込んでも、守れるものではない。


 しかし、勇者が気にしていたのは『AT-4』と比べてどうか、その一点だった。



 煙の中から拳が現れる。


 デカい。

 デビルロードは、全く予想だにしていなかった故に、そのサイズに、その存在感に、反応する余裕もなく——




 拳がめり込む。

 殴り飛ばす拳ではなく、鈍く浸透する拳。


 続いて丸太の様な、脚。

 人間なら頸動脈があるであろう首の位置を狙い、袈裟型に振り下ろす。


 続いて、拳。

 腹部を突き上げ、宙に浮かす。


 続いて、拳。

 後頭部から地面に殴り落とす。


 続いて、脚。

 蹴り上げる。


 続いて、脚。

 続いて、拳。

 続いて、拳。

 続いて、脚。

 続いて、拳。




 さすが、魔物の最高格。

 勇者の打撃を、十度も受けたものなど、過去にいない。


 さすがというべきか、災難というべきか。



 勇者の手に伝わる感触が軽くなる。

 絶命し、身体強化が解けた証だ。




「勇者様、手を!」




 硬く握りしめたその拳を開く。

 肌は爛れ、爪は剥がれ、肉が所々抉れていた。


 その程度で済んだのである。



「手間をかける」

「手間だなんて、そんな……」



 その程度の傷、精霊の化身と呼ばれるプラビアにとって訳はない。




 驚異的な耐久度。

 戦車の装甲を破壊する砲撃が直撃してもなお、壊れない。


 その理由は、勇者の皮膚、肉、骨にある。


 皮膚自体、常人とはかけ離れた厚さを持っている。

 訓練を繰り返し、あらゆる負荷をかけてきた皮膚は、時を経るごとに厚く、硬くなる。

 掌ともなると、それはより一層である。

 ギタリストの指がそうである様に、体操選手の掌がそうである様に、軍人の彼は日常的に酷使していた。


 肉の量も異常だ。

 掌という筋肉が付きにくい箇所であっても、科学的にトレーニングされたそれは一部の隙もなく筋肉の鎧が付いている。

 硬いだけでなく弾性も兼ね備えた柔軟なる筋肉が、爆撃の威力を抑えているのも事実である。


 極め付けは、骨である。

 炭素を意図的に含みダイヤモンドに近い硬度を誇るその骨格は、筋肉という支えを得て、決して壊れない柱となる、勇者最大の武器であり、防具。

 マルファン症候群という病に侵されながらも、戦争の中で生まれた最新技術により、初めて完成する天の人の傑物であった。




 プラビアは想像できない。

 はたしてこの勇者を傷つけるには、どうすれば良いのかが。


 今まで傷ついた者たちの治癒ばかりしてきたからわかる。

 人体は脆い。


 その脆さを愛し、憎み、数々の戦場を渡ってきた。

 しかし、勇者は違う。


 巨人の拳を止め、悪魔の火球を耐える。

 彼女は勇者の、その肉体の神秘に魅せられていた。



「ちぇ、いちゃついてんじゃねーよ……終わったなら行くぞ」

「い、いちゃ!?」



 もう、祠の入り口を阻むものは居ない。

 これ以上ない、強力な敵が阻んだが、その敵ももう滅んだ。


 聖剣をその目に納めるのは、もちろん全員、初めてである。

 かつて『祖の魔王』を討ち滅ぼした、人類の最終兵器。


 この規格外の勇者と組み合わされば、どれほどの相乗効果を生み出すのか。





 洞窟、もとい祠の巨大な入り口を潜ると、そこもまた、発光石により照らされていた。

 その輝きは、谷底とは比べ物にならないほど明るい。



「幻想的ですね……」

「さすがの俺も、ここまでは見たことねえなあ……」



 女性二人はロマンチックな雰囲気に、なにやら当てられている。



 だが勇者は知っている。

 困難の先には、更なる困難が待ち受けていることを。



「見惚れているところすまないが、探知を頼む」

「おっ、と悪い。ここなら—— ……ああ、一本道だ。その先にでっかい空洞があるぜ。多分、そこが聖域の間だ」



 この旅の最終地点、聖剣が眠る、聖域の間。

 世界で最も魔力が濃く溜まる場所。



『祖の勇者』がここに聖剣を保管した理由は二つある。


 一つは、周知の通り、聖剣に魔力を供給する為。

 何百年か後、復活するであろう『祖の魔王』に対抗する武器を、残す為。


 そしてもう一つ。


 未熟な者に、聖剣を渡さない為。


 未熟な者が聖剣を使ってしまえば、いかに聖剣といえど、その能力を発揮できない。

 そして一度その魔力を発散させてしまえば、また数百年、聖剣はただ頑丈なだけの剣に成り下がる。



 故に、強い門番が必要だった。



 文献に残っているのは、門番がいるということだけ。

 それは巨人とも、悪魔とも書かれていない。


 そして門番は、必ずしも門の前にいるとは限らない。




 聖域の間で、巨大なそれはゆっくりと動き出す。

 何十年ぶりか、何百年ぶりか。



 かつての”友”との、約束を果たす為。



 門番ヴェルムドラゴンは、聖剣に見合う来客かを見極める為にその目を覚ました。



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