第15話 祠の入り口

 



 谷底の一本道。

 淡く輝く、祠への誘い。


 勇者たちは既に祠の入り口が見えるところまで来ていた。



「しっかし、雑魚の魔物は全くいないんだなー」

「弱い魔物は、この魔力濃度では逆に毒ですからね。それに、強い捕食者がいる場所には自ら住みませんよ」




 巨人という大捕食者がいる中で、あえて魔物は寄り付かない。

 そのおかげで、勇者たちはここまで、巨人としか戦わずに来れていた。



『聖域の祠』は、人工物では無い。

 もともと真紅の谷に存在していた洞窟を、適度に改築したものである。


 この”魔力溜まり”の発生源は、実はその洞窟であり、魔力が一番濃い場所でもある。


 聖剣は、それほどまでに魔力を必要としている。

 人智を越えた魔力保有量である聖光鉱石も、元々はここの鉱石だ。



 勇者たちから見える祠の入り口は、申し訳程度にそれとわかる様、大きな模様が掘ってあった。


 千年以上も昔の先人たちが残した、遺跡である。






 何も無かった空間に、赤黒い渦が巻く。

 ネチネチと音を立てるそれは、だいたい人型の粘土の様に変化し、次第にその解像度を上げて行った。



 そいつはレッサーデーモンに似ていた。

 頭から飛び出る二本の巻き角、赤黒い肌、太く長い尾。


 違うのは、大きさが人型であること、顔もレッサーデーモンよりは人型、そして腕も二本。

 何より、纏う黒いローブと、その雰囲気。



「旦那、あいつは流石にやばい」

「あれは……まさか……デビルロード……」



 カティオとプラビアはその目を疑い、確信し、怯える。

 巨人よりも恐ろしい相手が、まさかいるとは。



 魔族と魔物の間。

 それはもうほとんど魔族と言って良い。


 奴が戦場に出て来れば、兵士1,000人でも釣り合わない。

 街に現れれば、もはやその街は諦めねばならないだろう。



 魔族とは、個。

 生命の質という点において、これ以上無い存在。


 デビルロードが現れたということは、魔王率いる軍の中にも、魔族が現れ始めるということ。

 猶予はない。

 それでも、ここで勇者が奴と戦うには、期が早過ぎる。




「知っているなら、特徴を」

「戦う気ですか!?」



 しかし勇者は引かない。

 ここで引くことによる対局のデメリットを承知しているからだ。


 無論、勇者が死亡することによるデメリットも大きい。

 勇者が自身の価値を正しく把握しているかといえば、そうではないだろう。


 だが、彼のバックグラウンドは、民の為に命を堵して戦う軍人なのである。




「ちっ……わかったよ。あいつは魔法を扱う魔物の中で、最も強力だ。普通の兵士じゃあ近づくことすら出来やしない」


「どんな魔法を使う?」


「どんなって……」


「魔族が好んで使うのは、主に火球です」



 先日、レッサーデーモンが使ったアレである。

 その時の勇者は、拳の力だけで消し飛ばして見せたが。



「レッサーデーモンと一緒にするなよ。アレの火球は、容易に家なんてすっ飛ばすぜ」


「それなら問題ない」



 情報のインプットを終えた勇者は、前に出る。

 無造作に踏み込まないのは、カウンターを狙われない為。

 強力な相手であればあるほど、間の取り方は慎重に行う。



 デビルロードは、勇者が射程距離に入るのを待つ。

 頭の良い魔物である、レッサーデーモンの様な単細胞とは、格が違う。



 ジリジリと距離を詰める。

 デビルロードの制空域に足を踏み込んだ時、戦況は動いた。




 火球魔法。早い。

 発動の”溜め”は、当然ながら既に終えていた。


 想定していた攻撃。

 もちろん勇者には当たらない。


 膝を抜き、沈み込む。

 古武術の技である。


 モーションなく身を落として前身。

 別名、縮地。



 火球は勇者の頭上を通り過ぎる。

 背後で爆発音。

 勇者にとっては、聞き慣れた音。



 捉えられる距離、勇者は殴りかかるのではなく、掴みにいく。

 全ては次の行動に繋げる為、空振りした後の隙を最小限に。


 デビルロードはバックステップを取る。

 この動き、おそらく身体能力ではなく、魔力による移動。

 それは、勇者がデビルロードの思うより早かったという証拠。



 掴めない、だが想定通り。


 空振りした勇者に対して取る行動など、決まっている。

 カウンター。

 つまり、火球魔法。



「旦那、それはっ!!」


 避けられるタイミングではない。



 一般の兵士と比べれば、健闘した方である。

 デビルロードに二手、いや三手もかけさせたのだ。


 普通であれば、最初の一撃で終わっていた。


 勇者だからこそ避けられた。

 勇者だからこそ、近づけた。



 デビルロードの火球は、たやすく岩を砕く。家屋を弾き飛ばす。





 ゴルスチは、思い出していた。



 厳しい戦場だった。

 多くの仲間が死に、血が流れた。


 最後は、銃撃戦だった。

 決定打がないまま、昼夜続くそれは、補給がある敵兵に対して、自軍はあまりに不利だった。


 ここで終わらせなければ負ける。



 そこで行動したのがゴルスチだった。


 通常の銃撃であれば、彼なら耐えられる。

 敵の陣地に侵入するまでの5秒、10秒さえ耐え切れば、勇者なら勝てる。


 問題だったのは——『AT-4』、対戦車無反動砲である。


 その砲弾は、戦車の装甲を破壊し、大岩でさえ砕く。



 賭けだった。

 運良く撃たれない、運良く当たらない、そんなことはありえない。


 生き延びる道は、耐えること、この一点だった。



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