第14話 谷底の巨人
常人のおよそ8倍、勇者の2倍ほどある巨人の拳。
それを勇者は片手の掌で、全力で、受け止めた。
勇者は拳に対して垂直になる角度、斜め45度の前傾姿勢。
それでも踏ん張りを大地が受け止めきれずに、足が沈み込み、僅か後ろに押し戻された。
恐るべき威力。
いや、恐るべき勇者の筋力。
自分の二倍ほどあるであろう巨人の拳を、片手で受け切ったのである。
巨人は驚きを隠せない様子だが、それでも戦闘民族である彼は、次の瞬間には追撃に出る。
受け止められた拳を引き、さらに一歩踏み込み、もう片方の拳をアッパーカットの要領で側面に刺す。
勇者が動く。
前進。
見極めたと言わんばかりにアッパーカットを躱す。
距離が詰まれば、腕の長い巨人は対応が遅れる。
カウンターの威力を乗せ、今まで一撃で魔物を葬ってきた拳が、巨人の脇腹を打つ。
巨人からすれば、まるで銃弾。
小さい拳が、想像以上の威力で、骨を避け、内臓にダメージを与える。
しかし、崩れない。
この体格差である、どんなに重かろうと、所詮は拳。
巨人がまた逆の拳を上部から地面と垂直に振り下ろす。
勇者は左手でカバーし、軌道をずらしながら半身で回避。
同時に引いた右手の拳で、さらに巨人の鳩尾を貫く。
たまらず巨人は一歩引きながら、地面と並行に腕を振る。
待っていた、と言わんばかりに勇者はその腕の威力を利用し、両手で絡め取って巨人の肩を地面に付かせる。
『剛の勇者』と呼ばれてはいるが、ゴルスチに対してその認識は正しくない。
剛の対は柔。それすら極めてこその、最高傑作。
ゴルスチは当たり前の様に、マーシャルアーツを極めている。
—— 今まで使う相手が居なかっただけで。
最初にゴルスチが見極めたかったのは、拳の威力よりも重心。
自分より大きな相手が、どの様な重心移動をするのか、それを見極めていた。
最初の一撃で、その感覚は掴んだ。
あとは技で追い詰めながら、いかにして相手の急所を引き摺り下ろすかの、詰将棋だった。
転ばされた巨人は、初めての経験に対処法がわからない。
あらゆる魔物の中でも、二足歩行では最大級の大きさを誇る彼が、自分より小さな二足歩行の生物に転ばされるなど。
絡めとったままの腕にしがみ付き、勇者はその野太い両足で巨人の首を挟みつける。
三角絞め。
本来、倍ほどの体重さが有る相手に対し、組み技は有効とは言えない。
力任せに振り解いてしまえるからだ。
しかし巨人は、どうしても振り解けない。
立ち上がってみても。
振り解いてみても。
叩きつけてみても。
まるで万力のように固定された勇者はびくともせず、パニックに陥った巨人は、至近距離の勇者への攻撃に、力も伝えられず。
数秒。
息を止めるまでではない。血流を止め、脳の機能を停止させるまでの時間。
次第に巨人は思考能力を失い、暗闇に意識を落とすのであった。
「……っ! 勇者様、治癒を!」
「不要だ、怪我はない。より大きな危機に備えておけ」
精霊の化身、プラビアは戸惑う。
何もできなかった。
プラビアの治癒魔法は超一流だが、他の魔術も一流だ。
白魔法に分類される障壁、防壁、バインドなど、そこらの兵士や冒険者を軽く凌ぐ。
手が出せなかった理由は三つある。
一つは、興味。
勇者がどのように戦い、どれほどの能力を持っているのかが、興味として気になった。
不謹慎だと思いつつ、見たことのない体格とその噂から聞こえる強さに、興味を持たない兵士などいないだろう。
一つは、戦いの速さ。
始まってしまえば、ものの数秒。
結果論だが、仮にプラビアが手を出していたとしたら、勇者の勝利までの道筋は変わってしまっていただろう。
そこに、付け入る隙は無かったと言える。
一つは、緊張感。
己の肉体一つで戦う者同士の、独特な間。それがプラビアを惑わせた。
プラビアとて、決して戦闘経験が浅いわけでは無い。
しかし、神話の巨人と殴り合いで戦うなどというイレギュラーに遭遇したことは無かった。
一方、カティオはというと、手を出すつもりなどさらさら無く、プラビアに対して「ほれ見たことか」と言うかの様な表情を浮かべる。
確かに、巨人は驚異的な相手であるし、カティオに出来ることが無かった訳でも無い。
それでも、一度勇者の戦いを見たことのあるカティオには、勇者が負けるイメージが持てなかった。
カティオはAランク冒険者である。
Aランクとはつまり、冒険者を位置付ける最高位。
その彼女が見てきた人間の中で、それでも勇者は圧倒的なカリスマを放っていた。
二人の中で勇者の強さが確固たるものになっていた中、勇者ゴルスチはむしろ、危機感を覚えていた。
初めてだった。その拳で殴り殺せない相手が。
もちろん、幼い頃には勝てない相手もいた。
しかし成熟した彼の拳に膝をつかない相手など、出会えるはずも無かった。
結果、絞め技に逃げた。
別に、拳で殴ることにプライドがある訳でも、こだわりがある訳でも無い。
彼は武闘家である前に軍人である。
勝利に手法を選ぶなど、邪道も邪道である。
では何を心配しているのか。
それは”これ以上強い敵が現れた時に、限界が来るかもしれない”という懸念だった。
勇者はまだ、全力を出していない。
切れるカードは、まだある。
それでも、徐々に強くなっていく敵に対して、対応できなくなる時が来る可能性を、案じていた。
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