第13話 真紅の谷
『聖域の祠』はルクス王国最南部、神々が眠る土地と言われる『真紅の谷』、谷底にある。
聖剣は『祖の魔王』が当時の勇者に討たれて以来、この地で保管されている。
理由は、聖気の充填である。
強力な能力を持つ聖剣だが、その能力に見合うだけのエネルギーを要する。
当時は、超魔力物質である『聖光鉱石』によって作られたため、そのエネルギーを有していた。
しかし、魔王との戦いで消耗し、かつ現在に至るまで、聖光鉱石は発掘されていない。
『真紅の谷』は遠目から見ると、谷底が紅く渦巻いている様に見える。
これは、強力な魔力がそこに溜まっており、周りの鉱石と反応を起こして見える結果である。
抜け殻である聖光鉱石は、長い時間をかけてこの魔力を吸収する。
その為、何百年もの間、この地で保管されているのだ。
問題は、魔力が強いことと同時に、強力な魔物が住み着いているということ。
一般の土地で見られる魔物とは全く別次元の強さを持つ彼らを、皮肉を込めて”門番”と、ルクス王族は呼んでいた。
谷底は狭い。
それこそダンジョンと同じ様に、兵士が物量でどうにかしようとしても、強力な魔物一体に滅ぼされてしまうのが関の山だろう。
故に、ここもパーティで臨まなければならなかった。
勇者、カティオ、そしてもう一人。
「初めまして、勇者様」
『篝火の英雄』が一角。世界に恵みをもたらす精霊の化身、プラビア。
白装束に身を包み、長く美しい純白の髪を靡かせ、治癒魔法の要である聖十字をその胸に携える。
カティオはパーティを安全に送り届け、アイテムを用いてサポートする役。
プラビアは勇者が負傷した際に、その怪我を治癒する役であった。
—— 表向きには。
プラビアが精霊の化身と呼ばれる理由の一つとして、彼女しか扱えない最高位魔法がある。
それは、『蘇生』。
死んだ人間の一部を媒体として、生前の状態を再現する魔法。
最高位の魔法であるが、それでもその規格外の能力には、コストが掛かる。
術者の命という。
願わくば、何事もなく聖剣を手に入れたいものだが、今回はそれを覚悟するほどに、危険なミッション。
エレディスとて、断腸の思いである。
幼い頃から娘の様に育て上げた彼の兵士に、もしかすると命を差し出させなければならないのだから。
カティオも案内役とは銘打っていたが、いわば勇者を蘇生した際に魔道具で運び出すロールである。
「……じゃあ、行くぜ。『門番』の位置は把握してる」
聖域の祠まで向かう谷底の道は一本である。
その道に巣食う『門番』こそが、勇者たちがまず越えねばならない壁だった。
外から見れば暗かったその場所は、降りてみれば薄灯が灯っている。
魔力によって生成された魔光石が、そこらじゅうで光を放っていた。
ともすれば、幻想的。
地球では見られなかった光景に、見惚れる者もいるだろう。
しかし彼らが置かれた状況は、そんなことを思っている暇も、余裕もないほど、逼迫していた。
勇者に至っては、その環境がどう戦いに影響するのか、何が使えるのか、しか頭になかった。
見通しの良いそこでは、遠くの敵もよく見える。
カティオの探知も必要ないほどに。
一見すれば、ただの大岩に見える、その浅黒く巨大なモノ。
はっきりと目に見える距離に来た時、それはゆっくりと動き出す。
勇者でさえ見上げる巨体。
ルクス王国に数々残る、伝説の魔物。
—— 巨人族、鬼人種。
刺々しい頭部の角とは裏腹に静かなる瞳を据え、勇者たちを”試す”かのように見下ろす。
カティオとプラビアは構える。
とはいっても、戦闘で彼らにできることなどほとんどない。
勇者は—— 静かに巨人を見つめる。
まるでこちらも、巨人を”試す”かのように。
ゴルスチがこの世界に来てから戦ったのは、全て自分と同じかそれ以上に小さい魔物。
元の世界も含め、自分より質量が大きな生物と戦うのは初めてである。
巨人は目算、およそ5メートル。
勇者よりは身長比で細いが、それでも1トンはくだらないであろうサイズ。
絞り込まれたその体は、その筋肉質を容易に想像できる。
強者と強者の間に発生する、独特の間。
谷底には、不釣り合いに幻想的な光に加え、彼らを拒絶する様に乾いた風が吹く。
先に動いたのは、巨人。
まるで臆することなく、優雅に振りかぶる。
足を前後に広げ、膝を落とし、腰を回し、肘を引く。
勇者に向けて45度の角度を付け、振り下ろす形を取る。
勇者は待つ。
彼のアドバンテージである”初動の速さ”を捨ててまで、巨人の挙動を待つ理由。
決して臆しているわけではない。
“見定めて”いるのだ。
自分より大きな生物の動き方を。
うおん、と風が押し出される音が成る。
それほどまでに、大きな質量の動き。
繰り出される拳は、真っ直ぐ、真っ直ぐに勇者の顔面へ向かう。
技術の問題はあるにせよ、勇者を持ってしても、脅威となる質量が威力を持って襲いかかる。
それを勇者は正面から—— 受け止めた。
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