第12話 そよ風
ハルピュイアの基本戦術は、風魔法による斬撃と、吹き飛ばしの二つだが、主に後者である。
風をいくら研ぎ澄ましたところで、持たせられる斬撃能力などたかがしれている。
必要なエネルギー量に対して、得られる成果が少ないのだ。
殺傷目的よりもどちらかと言えば、味方のサポートとして邪魔にならないような攻撃手段と捉えるのが正しい。
故に、単独で見た時の主な攻撃手段は吹き飛ばしである。
一般的に、風速20m/sで軽い物が飛ばされ始める。
風速30m/sともなれば、樹木や建物の塀などが倒れ始める。
風速40m/sになると、住居なども倒壊する物がで始めるほどだ。
ハルピュイア6体が協力して起こす風速、80m/sに匹敵する。
避けられない、逃げられないハルピュイアは仲間と連携して風魔法を繰り出し始める。
こうなると、ほとんどの人間は動けないどころか、抵抗しても飛ばされてしまう。
人間だけではない。
住居、樹木、塀、ありとあらゆるものがその風速に耐え切ることができない。
それが広範囲、軍隊であれば、飛来物の影響で甚大な被害が出るだろう。
ならば勇者はどうか。
さすがの勇者といえど、住居よりも重いはずがない。
なら飛ばされるか?
それもない。
風の影響を受けるのは、平面に近く、表面積が広い方が良い。
勇者の表面積も、確かに漏れなく大きい。
しかし違うのは、勇者は風の抵抗をある程度コントロールできるという点である。
某合衆国でゴルスチが経験した、未曾有の大台風。
その最大風速は驚くべきことに、100m/sを越えたと記録されている。
ゴルスチとて人間、自然の脅威に晒されてはひとたまりもない。
そこでとったのが、体を極限まで丸め、大地にしがみつくという行動。
もちろん飛来物もあったが、当たるリスクも、飛ばされるリスクも最小限まで抑える最善策。
いくら風の抵抗を小さくしたとて、体重7〜80キロそこらであれば容易に吹き飛ばされてしまうのが風速100m/sという世界だが、ゴルスチの体重、しがみつく筋力を駆使すれば、耐えることは可能だった。
某合衆国ではこれ以上に強い風だった。
この程度、彼にとって、”そよ風”と表現して差し支えないほどに。
ハルピュイアの全力の魔法は、出力し続ければ息切れを起こす。
どんなに強い風を起こそうとも、目の前の男はピクリともしない。
この魔法が終わった時が、自分たちの死ぬ時。
その危機感がここまで彼らを粘らせていたが、それでも限界は来た。
風が止む。
村まではほとんど損傷がない。
ハルピュイアたちが勇者に全力を注いでいたからだ。
ハルピュイアたちにはもはや、飛行を続ける魔力すら残されていない。
命を諦めて、静かに地面へと吸い込まれていった。
兵士たちが農村の外れに到着する。
そこには、頭のないハルピュイアと、まだ息のあるハルピュイアが、地面に横たわっていた。
兵士たちからすれば、不可思議な状況。
どう戦えば、この様な状況が生まれるのだろうか。
「まだ五匹、息がある。彼らの処遇は任せよう」
勇者は、残りの五匹をあえて殺していなかった。
戦場では、もちろん命懸けであるが、殺すことだけが全てではない。
捕獲できる相手は捕獲し、情報の取得や交渉材料としての価値を残す。
殊勝な軍人の基本である。
勇者からの先頭報告はさておき、ひとまずの危機の回避に安堵すると同時に、エレディスは考える。
この魔物の動き、本能的な者では当然ない。
明らかに騎士団を意識し、隠密的な行動を取っている。
魔王復活目前、今まではまだ魔物に対しそこまで知的な指示を送る者は居なかった。
状況が、変わってきている。
王国が思っているほど、もはや戦況に一刻の猶予も残されていないのかもしれない。
エレディスが懸念していること。
魔王復活の前に訪れるそれは、『魔王軍四天王の発足』であった。
「勇者殿……提案があります」
本来、過去の勇者たちは時間を掛けられた。
世界を旅し、信頼できる仲間を見つけ、共に成長し、魔王を討ってきた。
そのステップを、今回は踏めないかもしれない。
いや、踏めないと思った方が良い。
猶予の残されていないこの状況で、勇者がしなければならないことがある。
かつて、『祖の魔王』 は絶大な力と、魔の者を従えるその特殊なカリスマ性で、世界を混沌に陥れた。
人類に対する憎しみに身を任せ、土地と秩序を求めた。
彼に対抗できる人間は居なかった。
強大すぎる魔力と戦闘センス、そして人間ならざるその姿は、人間の短い寿命で積み上げられる高さを遥かに越えていた。
『祖の魔王』に対抗すべく、当時の人類は叡智を集結させた。
世界各地の天才、異端者、資産家、あらゆる領域の頂点を掻き集めた。
そうしておよそ100年、作り上げた”対魔王兵器”——
「『聖剣』を取りに行きましょう」
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