第11話 対上空戦術

 



「来たか……」



 村の端から森林上空方向、見えるはハルピュイアの群れ、およそ10匹。


 顔から胸、そして腹部にかけては人型。

 そして腕は翼に、下半身に至っては全てが鳥類を象る怪物。



 物理的に考えれば、あのサイズ、翼の形で空を飛ぶなど到底できやしない。

 彼らは風魔法を操り、気流をコントロールすることで飛行性能を得ていた。



 すでにカティオは、村人を安全なラインまで避難させに向かった。

 兵士が来るであろう残り10分間、勇者ゴルスチは一人で上空の魔物を相手しなければならない。



 普通は不可能。

 一方的に上空から魔法で攻撃してくる相手に、勇者はなすすべがないだろう。


 しかしこの勇者、ゴルスチは『人類の最高傑作』であった。




「キイィぃぃぃぃ!!」




 ハルピュイアの甲高い、不気味な叫び声が農村と森林を包む。

 立ちはだかる勇者の圧に、敵だという認識をはっきりとしたようだ。



 様子を見る、なんてことはしない。

 獲物は全力で、自分たちが得意とする方法で狩るのみ。


 風魔法が当たる距離。

 あのデカい、硬そうな勇者を葬るほどの威力が出せる距離まで近づく。


 40メートル……35メートル……30メートル……




 ボンっ、と一匹のハルピュイアの頭部が弾ける。


 また一つ。


 また一つ。


 また、一つ。



 ハルピュイアは頭の良い魔物ではない。

 だが、その狩猟本能と探知能力で、狡猾な狩りを実行するのだ。


 そんな彼らには、何が起きているかわからない。



 迷っているうちにもう一匹、仲間の頭部が弾け飛ぶ。

 あの勇者、何やら怪しい動きをしている。


 魔法か?

 いや、それなら気づく。

 詠唱なり魔法陣なり、魔法を使うのであれば、ハルピュイアは探知できる。


 ならば弓?

 いや、それらしきものは持っていない。

 むしろ、自分たちが飛行するために掛けている風魔法に触れ、正確に狙いを定められないはずだ。



 ならあれはなんだ?




 ボンっ。




 勇者は、ここに付いてからハルピュイアが来るまでの5分間、何もしていなかったわけではない。



 手頃な、掌に収まるサイズの、だいたい1キロぐらいある石。それを集めていたのだ。


 投石。人類が誇る、最古の武器。




 狙いを定め、振りかぶり、オーバースローで投げつける。

 ただ、それだけ。



 人間の体の構造は、物を投げるという行為に非常に適している。

 人類が原人と呼ばれる頃まで遡っても、弓矢が開発されるまでは投石がよく用いられていたと言われる。



 ベースボールを思い浮かべて欲しい。


 ピッチャーは140グラムほどの球体を、約20メートルほどの距離で投げる。

 そのスピード、世界最高峰でなんと時速170キロ。


 そうでなくとも、時速150キロ程度であっても、頭部にあたれば非常に危険だ。

 実際にそれで亡くなったベースボールプレイヤーも過去にはいる。



 それは、競技用ボールでの話。


 もちろん、投石となれば危険度はその比ではない。



 同じ重さであっても、硬さ、形の歪さにより、危険度は跳ね上がる。

 ベースボールのピッチャークラスが同じ速度で石を投げれば、人間程度なら簡単に死んでしまうだろう。



 そして忘れては行けないのが、勇者ゴルスチ、当然ベースボールのピッチャークラスなんかでは収まらないということである。



 砲丸投げ記録、世界記録が23メートルに対し、80メートル超え。

 円盤投げ記録、世界記録74メートルに対し、200メートル超え。


 実はベースボールでの球速記録は、時速170キロと、ずば抜けて早いわけではない。

 その理由は、ボールの重さにある。



 ゴルスチにとって、140グラム程度では、力を伝えるのに軽すぎるのだ。

 そのゴルスチが物を投げる際、最も速度パフォーマンスの良い重さが、1,000グラムである。



 正確に測ったわけではないが、おおよその弾速は200キロを軽く超える。

 命中精度も、ハルピュイアの頭部が正確に捉えられていることを見ればわかるだろう。


 回避も到底無理。

 石が手元を離れてからハルピュイアの元に届くまで、0.3秒を切る。

 見てから避けるには、脳の伝達能力が足りない。




 実はゴルスチにとって、戦場で投石を行うのは初めてではない。

 とある南東の森林で武装ヘリと戦うことになった時にとった戦術がまさにそれである。


 時速200キロを越えた速度で衝突する重さ1キロの硬い石。

 ヘリであればどこに当たっても、その機能を失うのに充分だった。



 そんなものが魔物とはいえ、生き物に当たるのだ。




 ボンっ。



 また一匹、頭部が弾け飛ぶ。

 残り5匹、既に隊としての体は成していない。



 ハルピュイアの心理的には、とてつもない恐怖だろう。


 これまで、どんな人間でも、抵抗のすべなく狩ってきた。

 魔術師が集まってきたら、それを事前に探知して逃げることで生き延びてきた。



 だが目の前の人間は違う。

 魔法も使わず、初めて見るやりかたで仲間達の命を奪っていく。


 近づけない。

 かと言って、わからないものに背を向けるのも恐ろしい。



 彼らに残った行動の選択肢は、”がむしゃらに魔法を撃つ”ことだけだった。



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