第10話 農村の危機

 



『悪しき魔の者の墓』から帰還した勇者とカティオが帰還する。


 およそ6時間の潜入。亡者の大森林は薄暗く、その中でエレディス元帥率いる兵士たちの野営地だけが、赤い炎をゆらゆらと灯していた。



 エレディス元帥はカティオから詳細な報告を聞くと、『信じられない』、『やっぱり』という二つの感情の狭間で揺れる。


 レッサーデーモン。戦場ではなかなかお目にかかれない、高位の魔物。

 それら複数体に対し、”特に危なげもなく”勝利したという報告。


 また、ボスフロアで現れた黒いデュラハンと、その取り巻き。

 デュラハンといえば殲滅手段に乏しく、どれだけレベルの高い戦士でも相性さえ噛み合わなければ厄介な相手。


 剣士である己で考えてみても、この修羅場を乗り越えられるようになったのはレベル50台後半。

 それまでは、おそらく剣でバラバラにすることなど到底不可能、ましてや素手など。



 しかし、勇者なら。


 そもそも人間の規格で考えるから行けないのではないか、とエレディスは考える。

 体格、膂力だけで見るなら、むしろ巨人やドラゴンと比べた方が良いのではないかとさえ思う。


 確かに奴らなら、デュラハンなど踏み潰すだけの相手かもしれない。



 エレディス元帥の中では、既に勇者が神格化されつつあった。





 今回、勇者たちが持ち帰ってきた戦果は、超重量物質『暗黒鉱石』だった。


 その質量、1立方センチメートルあたり約500グラム。

 バスケットボールサイズに直すと、なんと400キロ近くにもなる。


 黒いデュラハンの鎧には、これの一部が合成されており、他の甲冑よりも質量が重かったとみられている。


 それが今回、大量に見つかったのだ。



 確かに貴重な鉱石ではあるが、その分、加工が難しい。

 というより、武具に使用できるほどの精密な加工は、ルクス王国の技術力では不可能であった。


 持ち運ぶだけであればカティオが持たされていた王国保有のアイテムボックスに収納できたが、活用するとなるとかなり用途が制限されてしまう。


 王国にとってのジョーカーは、この戦争では無意味だったといえよう。




 無駄足か—— ?


 そのエレディス元帥の心配は、杞憂に終わった。




「! 俺から見て九時の方向、上空に魔物の反応だ。おい、あっちに人里は」


「何? ……あるぞ。向こうには大きな農村がある。探知部隊、魔物の特定を!」




 カティオの〈反響〉スキルが魔物を捉える。

 陸上は全て騎士団が抑えているはずだが、まさか飛行可能な魔物だけで徒党を組まれるとは予想外だった。



「この反応……探知がジャミングされていますが、おそらくハルピュイアです」



 なるほど、高度な風魔法を操るハルピュイアが夜間に行動したとなれば、視認する以外では探知できないか、とエレディスは納得する。


 たまたまカティオの〈反響〉という、魔力探知に依らない探知手法があったから気付けただけである。



 騎士団が気付いたからには放って置くわけにもいかない。

 勇者含むエレディス元帥一行は『麦の香る村』へ急ぐ。



 しかし、エレディスは考える。


 今回ばかりは、勇者は無力か。

 上空の相手、しかも風魔法を主な攻撃手段とするハルピュイア相手には、肉弾戦などそもそも不可能。


 手持ちのカードでどう戦うか。

 隠密だったので数が多くないのだけが唯一の救い。



 今から魔術の応援部隊を呼び付けようにも、夜道の移動はそんなに早くない。

 無理に移動速度を上げようものなら、戦時中に大事なリソースを無駄にしてしまう可能性もある。




「……高度は?」



 移動中に勇者が尋ねる。

 彼は彼なりに、自分のできることを考えようとしているのだ。



「風魔法が脅威になる距離で考えると、30メートルほどでしょうか。」

「充分だ」



 充分? とエレディスは首を傾げる。

 30メートルの攻撃距離を持つ手段など、魔法以外にはありえない。

 仮に弓矢を持って攻撃しようにも、風魔法で逸らされて当たるはずもない。



「勇者殿、今回ばかりは我々にお任せください。まだスキルもない状態で、上空の魔物を相手にはできませぬ」


「そうもいかない。村には罪のない民がいるのだろう。住居や畑が荒らされるだけでも、彼らにとっては死活問題だ。応援を待つ時間はない」



 それはそうなのだ。そうは言っても。


 エレディスは既に周囲の基地から通信魔法で応援を呼んでいる。

 うまく行けば二時間程度で来るだろう。


 それでも、村に出る被害は甚大だ。

 最悪の場合、家や畑を捨てさせて避難する必要もあるかもしれない。



 それを回避できるのであれば、もちろん回避したいとエレディスも思っている。



「すまぬが、カティオを連れて先に行く」


「な、ゆ、勇者殿!!」


「わわっ」



 勇者はカティオを担ぎ、速度を上げる。

 森林での機動訓練を物心ついた時から数え切れないほどこなしてきたゴルスチからすれば、荷物を持った兵士たちが遅く見えるのも仕方がないだろう。



 あっという間に勇者とカティオは兵士たちから見えなくなる。


 当のカティオは悪い気はしていないようだ。

 探知レーダーとして連れてこられただけだと言うのは、承知の上で。



「信じられない……先回りしたのか」



『麦の香る村』の端、ハルピュイアたちがたどり着くであろう場所に先に着く。

 兵士たちは早く見積もっても、これから15分はかかるであろう。



 ゴルスチは平地であれば、最高速度で時速48キロを叩き出す脚力がある。

 加えて、そのトップスピードを維持できる時間は、コンディションに寄るが12分から15分である。


 そしてゴルスチは、森林という足場であっても速度の90%を維持することができる。

 彼は今、森林の7キロメートルとう距離を、人一人担いで10分で走り抜けたのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る