第9話 剣と鎧と盾

 



 ダンジョンに潜入しておよそ三時間、レッサーデーモンを何体か出会いざまに葬ること、三度。


 特に消耗することもなく、ダンジョンは次の様相を見せる。




 広間だ。

 そして、奥の台座に座る一つの影。


 カティオにも見覚えがある。

 これはおそらく、デュラハン。



 たびたび首無し騎士と称されるが、この世界においてデュラハンは首がないわけではない。

 実態のない甲冑が動く、その現象を、意思を、デュラハンと呼ぶ。



 デュラハンは、個体によって大きく性能が異なる。

 その中には歴戦の兵士もいれば、傀儡の様に敵を攻撃するだけの者もいる。


 ただ共通して彼らの恐ろしいところは、生身がないということである。


 つまり、攻撃する箇所がない。




「旦那、これは相性が悪いぜ。俺たちに魔術の心得は無え。実態を持たない相手に対抗する手段が無え」



 定石は、高温の熱で鎧を溶かすか、岩や土なので動きを封じるというもの。

 剣や斧でいくら攻撃したとて、傷はつけど戦闘不能にはできない。



「バラバラに砕いても動くのか?」

「いや、それは流石に無えけどよ……旦那、戦る気か?」



 この後に及んで、この勇者、引くことを知らず。


 しかし、彼も軍人。

 挑むのであれば、勝算あってこそである。



「カティオ殿は入り口から離れて待っていてくれ」



 心なしか、その巨体から熱を発している。

 準備運動はいらない、と言った様子だった。


 カティオは言う通り、入り口から離れて待機する。

 いざとなれば当然、爆薬や魔法陣を駆使してサポートする準備は整っている。



 だがしかし、カティオは既に勇者に心酔していた。

 彼が負けるイメージができない。



 勇者の背中を見守る。

 あまりに広いその背中は、一雫の不安さえ感じさせなかった。




 奥の台座に身を預けていた、真っ黒な甲冑に瞳が灯る。

 強者を待っていたとでも言わんばかりに、巨大な大剣を肩に担ぎ上げ、応戦の構えを見せた。



 すると、広間の壁一面から、壁に埋め込まれていた無数の白い甲冑が動き出す。



 オークの時とは違う、これはタイマンではなく、総力戦。

 全ての甲冑が身を構え、統一した意思で侵入者を排除せんと狙いを定める。


 背後で見ていたカティオだが、もう遅い。

 助けに入るにはあまりに非力、引き止めるには、あまりに遅かった。



 一斉、金属が擦れる音を四方八方で鳴らしながら、あらゆる角度で剣戟が迫る。


 されど勇者、敵に先手を取らせるわけもなく—— 



 白い甲冑一体の脇をとり、力任せに振り回す。

 それだけで取り囲んでいた甲冑たちは、ガラン、と金属音を響かせながら弾け飛ぶ。

 振り回されている当人は、体の自由など到底利かせられない。



 狙うは当然、将。

 勇者は黒い甲冑を目掛けて、手元の甲冑をぶん投げる。


 大剣の一閃が甲冑を切り裂く。

 あの素材、どうやら他とは違うらしい。


 切り裂かれた甲冑は力なく将の左右に放り出される。

 開けた視界の先には、さらに白い甲冑が迫っていた。



 当然、切り裂く。


 次に現れるは、巨大な拳。



 二度も大剣を振り切った黒い甲冑は、それでも盾を体の前に繰り出し、その拳を受け止め—— られない。


 受け止められるはずもない。

 甲冑の中身は空。踏みとどまるには、体重が足りない。



 一気に台座まで押し戻され、その目前にはまたも拳。


 さらにそれでも盾を前に出す。今度は台座で後ろが無い。

 その分、衝撃は盾に余すことなく伝わり、バコンと大きく凹む。



 そこで白い甲冑たちが勇者の背後から追撃。

 ここで仕留めきれなかったのは、勇者にとって大きな痛手。


 敵も頭を使う。

 通常の剣戟ではダメージにならないと考え、全ての攻撃が一点集中の突きに変わっている。


 そのままでも勇者の肉を絶つにはおそらく足りない。

 が、流石に全て受けては身動きが取れなくなる。



 近くに使えるものは—— あった。



 黒い甲冑を手首を掴み取り、そのまま振り回す。

 白い甲冑より幾分か重かったが、勇者にとっては誤差である。


 むしろその重さが、白い甲冑を退けるのに十分な働きをしてくれた。



 振り回した勢いをそのままに、地面に叩きつける。

 黒い甲冑は仰向けになりながら、頭側で勇者を逆さまに見る形だ。


 勇者は切れ味の良い大剣を使われるのは厄介と見て、掴んでいた逆の手首を、踏み抜く。

 抑えるなんて程度では無い、600キロ以上の体重をモロに一点へ投下された空洞の手首は、グシャッと厚紙の様な音を立てて潰される。


 抵抗の手段を無くした甲冑は、暴れようにも暴れ方が無い。

 既にもう片方の手首も掴まれている。足をジタバタさせようにも、この体重差である。



 周りの甲冑たちがまた近づいてくる前に、勝負をつける。


 ゴルスチは日本で学んだ”カラテ”を思い出していた。



 下段追い突き—— 通称、瓦割り。

 ちなみにゴルスチの瓦割り記録は無論、計測不能である。



 ゴルスチが過去、その拳で破壊してきたもの。


 ある時は戦車。

 ある時は大木。

 ある時は岩石。

 ある時は鉄扉。


 もちろん、人間の拳が耐えられる硬度ではない。普通であれば。


 ゴルスチの拳は特別製である。

 あらゆる角度から骨密度を強化してきた彼の骨格は、巨大でありながらも同時に鋼鉄どころか、ダイヤモンドに近い硬度を誇る。


 特に、拳部分の骨は度重なる超硬度の物質との衝突により、破壊と再構築を繰り返し、肥大化と硬化が成されていた。



 果たして、この黒い甲冑はそれらよりも硬いのか?

 その答えは振り下ろされた拳と、ひび割れた床が物語っていた。



 全ての甲冑は意思を失い、その場に崩れ落ちる。




 —— 『剛の勇者』ゴルスチ、『悪しき魔の者の墓』にて、複数相手が潜むボスフロアを単独攻略に成功。



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