第8話 悪しき魔の者の墓

 



 レッサーデーモン。

 身長はおよそ3メートル近く、山羊の頭で人間の様な体をした、悪魔。

 表皮は赤黒く、なんと言っても四本生えたひょろ長い腕が、不気味さを醸し出す。




「旦那ぁ! 挟み撃ちされた、これはもう引けねえ! 一人一殺、やれるか!?」

「愚問だ」



 とは言いつつも、カティオは焦る。

 勇者の戦闘力は詳しく知らないが、ジェネラルオークなど足元にも及ばない。


 レッサーデーモンとは、魔物と位置付けられては居るが、その戦闘力はほとんど魔族。

 中でも悪魔種に分類され、肉体、魔力、共に高位に位置付けられる。


 正直、一対一ならジェネラルオークは大した相手ではない。

 初心冒険者でもパーティなら十分に勝てるほどだ。



 しかし、レッサーデーモンは一線を画す。

 高ランクの冒険者でも、一対一ではどれほど勝機があるものか。


 カティオ自身、戦闘系ではないのもあるが、レッサーデーモンと一対一で渡り合う自信などない。



 完全に見誤った。カティオは自身を責める。

 なんのための斥候か、何がAランク冒険者かと。


 一生に一度あるかないかの窮地。

 越えれば生き、越えられなければ死。




 戦うしかない。覚悟を決める。

 カティオが死んでも勇者は死ぬ。

 勇者が死んでもカティオは死ぬ。



 背中合わせ。

 一連、託生。



 ナイフと爆薬を構え、レッサーデーモンの出方を伺う。

 醜悪な顔。まるでこちらを、餌としか見ていない。



 —— 来る。




「終わった。加勢しよう」




「……はあ?」




 勇者の手には山羊の頭。

 巻角を無造作に持ってぶら下げていた。



 この一瞬で?

 カティオは何が起こったかわからない。


 そこからの出来事を、カティオはこう語る。




「まずさ、音がしなかったんだよ。腐っても斥候、音には敏感なはずなんだがね。でも、いつの間にかレッサーデーモンの首もってんだもん、理解に時間がかかったよ」


「んで、加勢するって言ってさ、こっち来た瞬間、俺の方のレッサーデーモンが襲ってきてさ。仲間の首を見て興奮したんだろうね。汚いヨダレ撒き散らしてさ」


「そこからだよ。まず、勇者が前に出て、敵の手を受け止めるだろ? それだけでも驚きだよ。レッサーデーモンは魔力で身体を強化してるから、見た目以上に膂力がえげつないんだ」


「でも、あいつは手が四本あるだろ。当然、他の手も襲ってくるわな。でも、勇者の方が早かったんだな。見えなかったけど多分、鳩尾に一発。それでレッサーデーモンは後ろに吹き飛んだよ」


「肉弾戦は諦めたのか、デカい口から火球を出しやがった。多分、最初から溜め込んでたんだと思う。で、普通逃げるじゃん? でも、勇者は向かって行ったんだ」



「体ごとぶん投げる感じで、こう、腕をぐるんと? ぐわんと? よくわからんが、とんでもない威力の拳で火球が弾け飛んだんだ」


「あの魔術は詠唱がない分、後隙ができる。大口広げてさ、それで終わりだよ。勇者が腕を降った反動で、もう一方の手をぐわんと、上から叩っつける様にさ」


「そりゃ、まあな……惚れたよ。吊橋効果? いやそんなもんじゃないね。俺が憧れた、純粋な強さ、その何歩も先を行くような様ぁ見せられちゃ、惚れないわけにもいかんだろ」




 レッサーデーモンの顔面が石でできた地面に叩きつけられ、轟音と共にひび割れる。

 当然、レッサーデーモンは絶命。

 タッパがある分、叩きつけられた衝撃は想像を絶するだろう。



 勇者の強さ—— 一つは間違いなく、そのフィジカル。

 重さと遠心力を存分に引き出したその拳は、魔力で強化したとて、細い長い体で受け止められるものではない。



 そしてもう一つ、初動の速さである。

 敵に選択肢を与えない、最高率で最大の一撃を叩き込む、迷いの無さ。


 魔物と戦うのは確かに初心者ではあるが、命のやり取りという意味でなら、彼ほど経験してきた者はそういないだろう。



 ゴルスチは過去、あらゆる環境であらゆる敵を戦ってきた。

 初めて出会う動物、初めて見る兵器、死角から飛び出る敵兵、背後から忍び寄る殺意。


 その全てに先手を打ち、葬ってきた男こそがゴルスチである。



 魔物とて所詮、生き物。

 レッサーデーモンほどの多彩さを持つ相手であっても、選択肢がなければ人形も同じ。


 ゴルスチにとっては、少し硬い素材でできた、殴りやすい的のサンドバック。



「進んで良いか?」

「あ、ああ。あ、助かったよ、ありがとう」


 既に振り向き進む勇者は、肩越しに答える。



「危なげもないことに毎度礼を尽くしては、言葉が持たぬぞ」



 そう、勇者の認識では、今のは脅威でもなんでもなく、只の数ある奇襲の迎撃。

 か弱い女性を”護衛”しただけ、当たり前の行動なのである。



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