第7話 勇者の任務
勇者の偉業はルクス王国の隅々まで行き渡った。
『勇者、ここに君臨せり』
騎士団を散々悩ませたアバダンティス山岳地帯を、ものの数時間で攻略せしめた事は、思いの外、影響が強かった。
"数"という一点において莫大なリソースを割かざるを得なかった戦地で勝利したため、騎士団たちを他の戦地へ割くことができるようになった。
また、『勇者』という旗印を得た国民および騎士団の、士気が向上したことは言うまでもない。
厳しい状況ではある。あるが、一筋の光が有るのと無いのとでは、人類にとって雲泥の差があった。
—— ルクス王国北東部、『亡者の大森林』の最深部。
「さあ勇者どの、着きました。ここが例の『悪しき魔の者の墓』です」
エレディス元帥が勇者を案内したのは、比較的新しく発見された未攻略ダンジョンだった。
ダンジョン攻略、それは騎士団が抱える課題の一つで有り、同時に問題でもあった。
ダンジョンとは過去、魔の者が残したとされる遺跡だ。
それは魔族の為か、人類の為か、定かでは無いが事実として、今の人類には再現し得ない魔道具や素材の数々が眠っている。
そして、大きな魔力のうねりによる魔物の発生や、様々な仕掛けにより外敵を排除する機能が備わっている。
その性質上、有象無象の兵士の数に物を言わせた物量での攻略ができない。
そのため精鋭数人を送り込む必要があるのだが、戦時中で有る現在、そんな余裕は皆無であった。
そこで勇者の出番である。
彼の功績により、各戦地で少し余裕を持たせることができた。
ダンジョンでもし有用な魔道具が発掘できれば、戦況は大きく傾く。
このダンジョンはいわば王国のジョーカー。
なんとしてもこの攻略をモノにしなければならない。
だがさすがの勇者といえど、初めてのダンジョン攻略を一人で行わさせるわけにはいかない。
そこでエレディス元帥が用意したのは、ダンジョン攻略のスペシャリスト、33人のA級冒険者の一人、それが彼女だった。
「旦那が勇者か。半信半疑で聞いちゃいたが……これは噂以上だな。俺はカティオ。よろしく頼むぜ」
カティオは短剣と魔道具を扱い、ダンジョン内の捜査や索敵を主な任務とする『斥候』と言う役割。
ダンジョン攻略の要となる人物であった。
「すまぬが勉強させてもらう。コードネーム『勇者』、ゴルスチ・アルムだ」
「へえ、殊勝なこって」
本来、4人のフルパーティが主流の構成だが、勇者の適性やあらゆる戦況を考えた際、ペアがベストな判断だとエレディスは考えた。
ダンジョン攻略は一日にしてならず。今回の探索で得たいものは成果ではなく、情報。
だからこそ、単独での戦闘力がある勇者と、探索能力の高いカティオとの組み合わせ。
エレディスとその部下たちは、ダンジョン入り口付近で野営準備に取り掛かる。
いつ勇者たちが戻ってきても良い様にだ。
エレディス自身は、もう歳である。齢80を越えた頃から、明らかに体が言うことを聞かなくなった。
だとしても、もし勇者たちが約束の24時間を過ぎても戻らない場合、自分の命さえ厭わず救出に向かおうと決心していた。
『悪しき魔の者の墓』はいわば地下迷宮。
墓型のダンジョンはこれまでも発見されてきたが、そのどれもが罠よりも強力な魔物たちに守られていた。
他にも施設型や宝物庫型などあるが、それらに比べダンジョンの範囲自体は広くないのも特徴だろう。
幸いなことに、勇者の動きを妨げるほどの狭さでもなく、フロア自体は平凡な作り。
発見されていなかっただけで、実は大したダンジョンではないのかもしれない。
そう思った矢先だった。
「その先の先、魔物がいるな。二体だ。デカいはデカいが……嫌な感じだ。気をつけろよ」
「承知した」
カティオは〈反響〉と〈振響〉という二つのスキルを駆使してフロア内部の情報を捜査していた。
そこに引っかかる二つの反応。
フロアの特性や反応から、カティオは過去の経験などを照らし、なんとなく「嫌な感じ」と称した。
オークジェネラルを瞬殺したと言う勇者がいるなら、引くほどではないと判断するも、自信が持てない。
一目見て危険だと判断すれば、すぐに引く判断をする。
勇者にもそうさせる。今までそうやって生き延びてきた。
通路の角を曲がる。
次の部屋を抜けた先に、奴らは居る。
勇者が先行する。
その巨躯に似合わず、軽やかで静かな歩み。
その部屋が視界に入る。
薄暗い視界に光る、ふたつの目。
二つ? 四つではなくて?
—— 気付いた瞬間にはもう遅い。
「しまった、罠だ! 旦那っ!」
やられた、まんまと誘き出された。
その魔物はカティオが探知した時には、既に勇者たちも探知していたのだ。
そして気配を消し、勇者たちが通路に居る間に回り込む。
挟み撃ちだ。
そんなことができるのは上位の魔物。
本能だけでなく、頭を使い、かつ探知や隠密を行える、魔術すら扱う。
「レッサー……デーモン……!」
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