第6話 ジェネラルオーク

 



 エレディス元帥および『篝火の英雄』が一角リザルタは、櫓の上から戦場を見下ろし、唖然としていた。


 空いた口が塞がらないとはこのこと。

 理解が追いつかない脳味噌は、既に考えることを放棄していた。



『レベル』と言う概念。

 生まれた頃から当たり前に、親の世代から、その親も、その親も、全ての歴史が証明してきた『レベル』という強さの基準。


 レベルを上げたくてダンジョンに行った。

 レベルを上げたくて強敵に挑んだ。

 レベルを上げたくて戦場に身を置いた。


 結果得たものが、彼らの力と地位だった。



 エレディス元帥、レベル88。

 リザルタ、レベル64。


 人類の最高戦力である彼らで持って、到達し得た力の極地。



 彼らに、アレができるだろうか。



 圧倒的な質量にものを言わせた進軍。

 やってみれば不可能ではないかもしれない。

 ただそれは、他のあらゆるステータスを犠牲にした時に、やっと得られるもの。


 レベルを上げることで得られるステータス、それを心臓から巡らせた『ステータスツリー』に割り振り、初めて”能力”として顕現する。


 力、速さ、技術、生命力、精神力、魔力—— それらを用いて、さらにスキルを行使することで、彼らは魔物や魔族といった強大で凶悪な敵に立ち向かうことができるのだ。



 それが目の前で、否定されている。




「元帥……彼のレベルは測ったのか?」

「……当たり前だろう。私も何度この目を疑ったことか……」




 異界では『レベル』の概念が存在しない、それは過去の書物の全てが物語る事実である。

 召喚された勇者は例外なくレベル1。

 国家鑑定士による鑑定でも、同じ結果が出ている。


 もちろん一人ではない。

 何人も、何人も鑑定させた。


 しかし、勇者のレベルはどうやっても、何度やっても、1だったのだ。




 当の勇者は、敵の将の元へ辿り着く。

 ジェネラルオーク—— まごうことなき、オーク種の最上位個体。



 行く手を阻む肉壁を跳ね除け、勇者はジェネラルオークの目の前に躍り出る。


 人間に比べてあまりにも規格外な勇者だが、しかしジェネラルオークと”ほぼ同じ”サイズであった。


 そう、敵の将も、また規格外。



 ゴルスチは、過去を思い出していた。


 以前、北国の山で戦ったヒグマは世界最大級、体重は彼を超えていた。

 加えて鋭い牙、鋭い爪を持ち、針の様な剛毛に覆われた、恐ろしい敵だった。


 普通の人間ならば、ヒグマの軽い一振りで体を捥がれていただろう。

 逆に、どんな火器を使用しようとも、ヒグマは止まらなかっただろう。


 しかし結果、彼がここにいる通り、ゴルスチは勝利している。

 方法は真正面からの殴り合い。

 あらゆる武術、知恵を捨て、己の限界を測るかの様に、殴り合いに身を興じたのだ。


 ヒグマといえども所詮野生、人類の叡智を結集したゴルスチのフィジカルの前に敗北。

 その筋肉量、筋質、骨密度は野生を遥かに凌駕していたのだ。



 同じサイズの敵が、今、目の前にいる。

 まるで負けることなど想像していない、食物連鎖の頂点に立つ者の振る舞い。


 以前と違うのは、彼の後ろには今、守るべき対象が居るということである。




 ジェネラルオークは周りの肉壁を退ける。

 もはやこの戦い、一般のオーク兵では邪魔になると踏んだのであろう。


 そして奴は、鉄製の巨大な斧を手に取る。

 一般のオーク二体がかりでやっと持ち運ぶそれを、ジェネラルオークは軽々と振り回した。



 とはいえ勇者も規格外。長期戦になると踏んだジェネラルオークは、覚悟を決して足から削ぎにかかり—— 




 薙ぎ払われた斧は踏まれ、地面を削る。

 同時に鼻、胸、鳩尾、下腹に巨大な拳、拳、拳、拳。


 それだけで終わらない。

 俯くジェネラルオークの顔面を、巨大な手の平が逃げ場を抑え、膝。

 何かが潰れる音。クシャとか、グシャとかではない。

 まるで空き缶でも潰したかの様に、ぺシャ、である。



 あまりにも早い決着。

 殺されたことすら認識していないであろうジェネラルオークの体は、重力に任せて大地を抱く。



 以前、ヒグマと殴り合った時とは違う。

 後ろに守るべき者が居る戦い—— 勇者ゴルスチは容赦もなく、技を使った。



 勇者も軍人である。あとは容易い。

 残りのオークたちを、執拗に追い回す。


 ある者は踏み潰し、ある者は殴り殺し。

 逃げるオークの首根っこを掴んでは、頭部をもぎ取っていく、


 必要以上に残忍な仕打ち。これは作戦。


 統率の取れなくなったオークは、生き延びるために敵陣へ突っ込む者もあれば、勇者に向かう者も、逃げる者もいた。


 しかし、勇者の残虐さを目にすると、途端に逃げ出す。

 逃げ出した仲間を見て、さらに恐怖し、逃げ出す。


 恐怖の波が広がり、伝染し、それはいずれ大きな流れとなって、阿鼻叫喚の図となり、オークたちは消えていった。




 勇者が現れてから、あっという間の出来事だった。

 オークたちの行進に耐え忍んでいた騎士団の部隊は、いつの間にか逃げるオークの群れを見下ろしながら、勝利の余韻に浸っていた。




 誰かが言った、「彼は本物の勇者」だと。

 誰かが言った、「彼は最強の勇者」だと。


 その声は次第に増え、大きくなり、アバダンティス山岳地帯を呑み込んだ。



 —— 『剛の勇者』ゴルスチ、アバダンティス山岳地帯にて、初陣にも関わらずオーク部隊に単独で、苦もなく勝利。




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