第5話 アバダンティス山岳地帯

 



「詳しいことはエルディス殿に聞くと良い」




 篝火の英雄が一角、リザルタは混乱する。


 デカイ。


 なぜ?


 勇者?


 早すぎる。


 人間?


 私がやるとは?



 しかし、されど、リザルタとて英雄。

 ここで無駄に悩んで時間を浪費するなどという愚か者ではない。




「……詳しい話は後で聞きます。皆! 俺が時間を稼ぐ間に、土魔術師は限界まで土壁と堀を! 水魔術師はそれを固めろ! 炎魔術師は継続して焼け! 前衛隊は下がって備えろ!!」




 後ろにエルディス元帥が控える以上、信用も信頼もない。間違いなく勇者だ。

 聞いていた話より遥かに早い到着だが、もはや彼に縋る他なかった。



「ま、待ってください! 丸腰で行く気ですか!?」

「時間がない。この体に合う装備など待っていられないだろう」



 一目見ればわかる、その体であれば肉弾戦がメインだろう。

 いくらデカいとはいえ、あの豚共と殴り合う気などと、正気があるとは到底思えない。



「流石に行かせる訳には……!」

「待て、リザルタ」



 エルディス元帥がリザルタを制す。

 この場でアレを説明できるのは、エルディス以外にいなかった。



「勇者殿は何も、アレらを殲滅させるわけではない。将を叩くのだ。これほどの軍勢、将が居なければ纏まりも何もない。勝機は十分にある」



 リザルタはそれでも分からない。それでは説明になっていない。

 召喚されたばかりの勇者が、あのオークたちに突っ込むと言うことか?

 前に出た瞬間、喰われて死ぬのがオチでは無いのか?



「信じられなくても良い。私も信じられん。ただ、事情があるのだ。今はただ、勇者殿を見届けようぞ」

「元帥が……言うのであれば……」



 自分が何をしようとしているか、リザルタは理解できないほど馬鹿では無い。

 100年に一度の召喚しか許さぬ勇者を、死地へ送ろうと言うのだ。


 過失どころか、戦犯だ。

 今、リザルタは、人類に残された蜘蛛の糸を切ろうとしている。



 それなのに彼らは勇者を送り出す。

 —— それを許してしまうほど、勇者には”覇気”があった。






 勇者ゴルスチの前には、美しい空と豚どもが広がっていた。




 オーク……豚の手足が発達し、二足歩行した様な魔物。


 その体長、およそ2メートル。

 大きい。現代において2メートルもの体長を誇る人間など、ほんの一握りである。


 その体重、およそ160キロ。

 重い。重すぎる。贅肉を多く含むとはいえ、活発に動く2メートルサイズの生物が持つ質量としては、充分すぎる重さだ。



 しかしこの勇者とて、規格外である。

 身長2.7メートル、体重に至っては600キロ越え。


 体長、およそ2メートル?

 小さい。ゴルスチの目線では、成人男性が175センチだとすれば、相手は130センチの小学生並である。

 恐らく彼には、小学生の修学旅行ぐらいにしか見えていないだろう。


 体重、およそ160キロ?

 軽い。ゴルスチのなんと四分の一程度。成人男性が70キロだとすれば、わずか18キロ程度。

 人間で言えばたかだか四歳。彼からすれば、幼稚園にでも遊びに来た感覚だろうか。




 銃も持たぬ幼児並の生物たちが彼の前に並んだところで、ものの数など。




 勇者の前に一匹目のオークが乗り出す。


『デカい奴には叶わない』、こんな当たり前の事すら認識できぬほど、オークは興奮状態にある。

 頭上に聳える丸太の様な首、それ目掛けてオークはその牙を突き出す。



 そこへ拳。

 デカい、デカい拳。


 オークの頭部は身長に対して大きな割合を持つ。

 ざっと見たところ四頭身から五頭身。

 それでも、その頭部に匹敵するサイズの拳が、その頭部を穿つ。


 バキともグキとも取れる嫌に鈍い音を立て、オークの体は宙に舞う。

 2メートル、160キロの巨体が、軽やかに。



 続くオーク、それも拳一つで宙を舞う。

 その次も、その次も、その次も。


 勇者は止まらない。腰を落とす必要すらない。目の前の軽い生物を、殴り、進み、殴り、進み。




 ゴルスチの身体は、通常男性の比率と大きく異なる。


 まず、体に対して頭が小さい。

 逆に言えば、体のサイズが大きすぎる。

 10頭身? いや、12頭身? 見たことのない比率をしているため、一目でそれと判別がつかない。


 次に、下半身が太い。

 600キロを支え、かつアスリートの様なパフォーマンスを発揮する下半身。

 かがんだ時に見える最大サイズの太ももは、自然とダンプトラックのタイヤを連想させる。


 その次に、胸が厚い。

 胸筋と背筋が相まり、前後に厚みを作る筋肉は、腕の振りを最大限まで引き出す。

 彼の胸筋、背筋の前では、アサルトライフルの至近距離狙撃であっても貫くことを許さない。


 そして最後に、拳のサイズ。

 彼はピストルやライフルを扱えない。手のひらと指が大きすぎるからだ。

 握った拳のサイズ、なんと30センチ越え。

 成人男性の平均が8センチであることを考えると、その異常性がわかる。


 当然、そのデカすぎる身体と比較しても、自然な割合ではない。

 彼を作り上げた軍事技術と鍛錬の賜物である。


 そして大事なのは、その拳はデカい故に重いと言うことである。

 殴る際に乗る遠心力は、文字通り桁違いの威力を誇っていた。



 四方八方から襲いくる豚の牙。

 それらを或いは殴り飛ばし、或いは振り払い、或いは無視して突き進む。


 全てを殴り飛ばすことはできない。否、必要ない。

 その牙が肌を捉えたところで、合成ゴムの様なその皮膚と、うちに蠢くエネルギー量を前に、血の一つの流させない。



 勇者の目は既にオークの群れの奥、一際大きく肉壁の厚い、オークの将を捉えていた。




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