第4話 某国の軍人
出自ははっきりしていない。
ただ一つ言えるのは、彼は物心ついた時から軍人だったと言うことだけだ。
マルファン症候群—— 彼の病名である。
幼い頃から”骨格の肥大化”という症状を患っていた。
確かに身長は伸びる。ただ本来であれば同時に、骨密度の過疎化により生活が困難になっていただろう。
しかし、新しい技術とは常に戦いの中で生まれるもの。
彼の"症状"という個性に加え、運動、食事、睡眠、投薬、あらゆる最新技術が彼を兵器たるフィジカルに作り上げた。
人類史上最高の身長。
人類史上最大の筋肉量。
人類史上最上の筋質。
人類史上最密の骨密度。
齢十三にして、既に戦場で彼に敵う者はいなかった。
肉弾戦—— 戦える訳がない。彼を前にあらゆる刃物や鈍器が通用するはずもなく、そもそも彼の前に立てる人間など居なかった。
銃撃戦—— 無意味だ。彼の積載量は少なく見積もっても常人の五倍以上。最新鋭の分厚い防弾具をぶら下げた上で、さらに戦車に搭載する様な弾道ミサイルすら担ぎ上げる彼と、たかだか小銃程度で渡り合おうなんて。
事実、その頃からゲリラ戦において彼が出た戦場は全て勝利を納める。
コードネームは『M Peace』—— 人類の最高傑作だ。
彼と長きを共にした戦友は、彼をこう評価する。
「体がデカい、これは事実さ。あいつが東南アジアで戦車を殴り飛ばした時は笑っちまったよ。こう、側面からズドンとだな、戦車が横転したんだよ。信じられるか? ただな、あいつを『ただデカいやつ』と言うやつは、何にもわかってねーなと思う。あいつが本当にデカいのはな、『器』だよ。まあ、長く付き合えば分かると思うぜ」
驚くべきことに、これは彼が十三の頃の話。
今現在、二十八歳。彼の身体と精神はまだ成長を続けている。
—— ルクス王国、祭壇の間では治癒魔術師がちょうど兵士の治癒を終えていた。
誰もが信じられないと言った顔で静寂を保つ中、勇者は淡々と戦場へ向かう準備を始める。
「防具はいい、ただ身に纏う物をくれないか。この体、傷は付かぬが少々エチケットに欠ける」
国王も同席した約束がある手前、彼を留める理由はない。
人類の命運を握るその男を、レベル1のまま黙って送り出す他ないのだ。
「そういえば名を聞いておりませんでしたな」
「名か……ゴルスチ・アルム。呼ばれ慣れぬが、他にないだろう」
「それでは『剛の勇者』ゴルスチよ。この状態で送り出すのは心苦しいが、世界を、人類を、よろしく頼む」
—— ルクス王国最北部、『アバダンティス山岳地帯』では、既に動き始めた魔王軍との戦闘に日夜暮れていた。
「くそっ、日に日に増えやがる、あいつら。どんな繁殖能力だよ!」
「馬鹿。いくら繁殖力が高くても、一日で生体が育つ訳ない。—— 温存してるんだよ、私たちが疲弊するまで」
山岳の頂上から騎士団が見下ろす景色には、豚。
豚。
豚。
見渡す限りの、豚。
貪欲の象徴、オークの群れである。
多すぎてもはや武器さえもまともに支給されていないが、その巨大な身体と膂力、そして数だけで脅威に値する。
仲間の屍を貪り、補給さえいらない肉の行進。
奴らを前に、怖気付かない者など居るのだろうか。
—— 答えはYES。
騎士団の中でも最上位の力、智略、権力、人望を持つ部隊。
王家直属対魔王軍専任戦略部隊、通称『篝火の英雄』たちだ。
「奴らは魔法も知恵も使わない、いわば傀儡だ! よく油も出る! 山はどうなっても良い、とにかく燃やせっ!!」
篝火の英雄が一角、リザルタがこの戦場の指揮を取る。
彼が居なければ既にこの一帯、屍すらも残らぬ焦土と化していただろう。
噂が本当であれば、既に勇者は召喚された。
となれば勇者が育つまでの一年、ないし二年、ないし三年、この地を守るのは彼らの役割だ。
オーク部隊にここを突破されては、後ろにいる幾十の村々が犠牲になる。
必ず守り切らねばならない。先人たちが残した『篝火』に誓って。
「駄目です! 止まりません! 奴ら……燃えたってお構いなしだ!」
一つ誤算だったのは、オークたちの生命力。
魔王復活を目前にして潜在力を引き出された魔物たちは、今までの常識を軽く覆してくる。
(こんなにも……こんなにも凶悪なのか、『祖の魔王』というのはっ……!!)
禿げた山林を爛々と照らす業火の中から、豚が這い出てくる。
前線の騎士団たちは恐れ慄き、ある者は食い殺され、ある者は踏み潰され——
「兵士たちを下がらせろ。後衛を固め、土嚢を積み、堀を作れ。あとは—— 私がやる」
突如、背後に現れる巨躯。
巨躯?
巨躯と言うにはあまりにも——
「待たせてすまない。私は君たちの言う、コードネーム『勇者』だ」
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