第3話 戦力の把握
エレディスの提案で、勇者は騎士団の兵士と一騎打ちをすることになった。
兵士—— といえど、レベルは40超えの歴戦。もちろん、必要なスキルは覚えている。
この兵士に勝てねば、戦場で命の補償などできやしない。
いかに勇者といえど、レベル1で戦うなど、それこそ無謀。
例えるなら武器を持たない小学生が、格闘技の世界チャンピオンレベルに挑む様なもの。
「良いか、勇者殿には一切傷つけるな」
エレディスは歴戦兵に指示する。当たり前である、レベル40の一撃は、容易に一般人の命を刈り取る。
勇者と兵士は祭壇の間で相対する。本来闘技場が適切だが、生憎、人目についてはまずい試合だ。
ルールは気絶、降参、もしくはエレディスが続行不能と判断したら終了。
勇者は一糸纏わぬ姿なのに対し、兵士は防具から剣、盾までフル装備。
勇者に合う装備がなく、剣の支給も拒むため仕方がない。
対して兵士は万全でないと、試練の意味がない。
お互いが十歩の位置につく。
緊張が走る—— 兵士の様子がおかしい。
子供と大人どころか、それ以上の戦力差が本来あるはずだと言うのに、兵士の顔つきは怯えきった小動物そのもの。
体格にビビっている?
いや、その程度で萎縮するほど、歴戦の兵士は未熟ではないはずだった。
その様子にエルディスは一抹の不安を持つが、自分が提案した勝負。始める他、ない。
「—— 始め!」
祭壇の間に号令が響き渡る。
誰もが固唾を飲む。無音? どちらも動かない、なんてことは無く——
突如響き渡る轟音。
瞬きの間に十歩の距離は詰まっていた。勇者のステップで。
その体格にそぐわず、俊敏で、コンパクトな動き。
垂直跳びの世界一は、ボディビルダーだという噂がある。
重いのになぜ、と思うかもしれない。
だが、瞬発力とはつまり瞬発的な筋肉の働きである。技術さえ除けば、筋肉を極めた選手がもっとも高く飛ぶのは自然の理。
もちろん、そこに最高峰の技術が加われば、鬼に金棒である。
兵士の目の前に、巨躯が突如として現れる。
戦場で出会ったサイクロプスでさえ、こんな動きはしなかった。
そして、一瞬の邂逅で垣間見えた動きは、驚くほどコンパクト。
両脇が締まり、右手が腰ごと旋回する。
この世界では見ない動き。
本能で守りを固める。
兵士は自分自身ほどあるカイトシールドを体に引きつけ、魔力で覆い、スキル〈城塞〉を発動する。
自身が動けなくなる代わりに、圧倒的な”硬さ”を得ることができるスキル。
一切の油断もない、彼が取りうる最大の防御。
これさえ凌げば、足にでも峰打ちしてまずは動きを削げば良い。
轟 音。
まるでドラを鳴らしたかの様な金属特有の低く、深い鳴り。
カイトシールドを体に密着させていたのが仇となった。
盾越しに衝撃が響き渡る。
音の大きさほど、兵士の体は飛んでいない。
その代わり、目には見えない衝撃が、体の中を駆けずり回っていた。
勇者の拳を起点にしてくの字に折れ曲がるカイトシールド、そしてふらつき、膝をつく兵士。
その顔に浮かぶ汗と焦燥の表情に、エルディスは焦って宣言した。
「しゅ、終了っ! 終了です!」
—— この勇者、体格だけでは無く、あらゆる格闘術にも精通していた。
今使ったのは発勁と言う技。衝撃を逃さず、対象に留める技だった。
そうで無くとも、600キロ越えの巨躯が繰り出す高速の拳は、盾もろとも兵士を弾き飛ばしただろう。
軽自動車の先に硬い鉄球を付けて、時速120キロで突っ込んだ、とでも言えばその威力が理解るだろうか。
しかもその衝撃を後ろに逃さず、全て兵士にぶつけたのだ。
魔法による強化やスキルがなければ、兵士の内臓は爆散していたであろうことを思わせるほど、その威力は絶大だった。
勇者のために待機させていた治癒魔術師が、急いで兵士を治癒する。
誰も想像していなかった。レベル1の勇者がレベル40越えの歴戦兵を1秒足らずで倒してのけるなど——
「すまない。加減の程度がわからなかった」
—— この勇者、底を知れず。
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