第2話 十代目勇者

 



「これは……」



 ルナ・ルクス前国王、エン・ルクス現国王、”転生の魔術師”レインカーン、騎士団元帥のエレディスの前に現れたのは、規格外の人間だった。



 一目見て規格外だと感じたのには、理由がある。

 召喚の当事者、レインカーンは後にこう語った。



「正直、失敗したと思いました。だって、人間とは思えないほどの光量でしたから。召喚術というのは、まずその対象を『情報』に変換するのです。情報の量は、質量に比例します。そして魔法陣に記した術式に指令で『情報を再現』と申しますか—— いえ、専門的なことは置いておきましょう」


「つまり、大きかったのです。我々が想定するより遥かに。あれを見て、すぐに人間だと思える人は、そういないでしょう」



 魔法陣の上に現れたその男、身長270センチ、体重613キロ。

 下着以外を一切纏わず、だと言うのに圧倒的な存在感、質量感を纏っていた。


 腕の太さ—— 十歳やそこらの子供で在ればすっぽり入ってしまいそうだ。


 太ももの太さ—— 大の大人の肩幅ほどもあるだろうか。


 胸の厚さ—— レンガ五枚、いや六枚分はあるか。



 例えるなら、やはりヒグマだろう。世界最大のヒグマともなると、2.8メートル、600キロにも及ぶと言うが、彼はその水準すら超えている。


 そんな生物が目の前に現れて、規格外と言う他、なんと言うか。


 その場の者は、恐怖していた。


 過去の勇者たちの肖像画は見てきたが、皆普通の人、むしろこの世界の基準と照らし合わせれば、華奢とさえ言えた。


 彼らも、それを想像していた。召喚されたばかりの勇者は、力のない一般人だ。レベル1で召喚され、さまざまな困難を経て、魔王にすら対抗しうる力を付ける。


 だが目の前に現れたそれは違う。人間だと認識するのにすら数秒を要した。今この男に暴れられても、対抗する力は彼らには無い。



 それでも口を開いた前国王には、年の功があったと言わざるを得ない。



「よく来てくださいました、勇者様。ここは大聖地ルクス王国の一間」


 前国王は「混乱させてすまない」と言おうとして飲み込んだ。この勇者、混乱どころか、明鏡止水の域にすら至っていた。



 その時の佇まいを、騎士団元帥エレディスはこう語った。



「とんでもない強者だと、本能が言っておりましたな。いえ、体格だけの話ではなく。大きさだけなら、鬼族のサイクロプスの方が大きい。まず、彼は召喚されたと言うのに全く動じておりませんでした。それどころか、静かに周りを見渡し、その知性に満ちた瞳で私らを—— そう、威圧しておったのです。まるで、『一歩でも近づいたら殺す』とでも言う様に」



 しばしの沈黙。そう長くはなかったはずだが、その場の空気がそれを何倍にも増長させた。




「……要求はなんだ」




 低く、野太い声で、勇者は言葉を発した。

 威圧的な佇まいとは裏腹に、誠実さと理性が垣間見えるその言葉に、その場にいた者は少し胸を撫で下ろす。



「この世界では、もうすぐ魔王が目を覚まします。勇者様には、その魔王を討ち取ってもらいたい」


「……説明が長くなりそうだな。一旦、承知したと言っておこう」


 ふ、とその場の空気が軽くなる。男が警戒を解いたのだ。

 それが『敵意がないから』と判断したのか、『敵意はあっても危害はない』と判断したのかは、彼らにはわからなかったが。



 人払いをし、勇者を応接間に案内する。彼にとっては窮屈だろうが、それは「慣れている」とのことだった。


 勇者に現況を説明し、納得してもらうのは現国王であるエン・ルクスの仕事だった。

 とはいえ彼はまだ二十代。数々の修羅場を潜ってきたとはいえ、この勇者を前にしてその仕事は荷が重かった。



 だが、勇者は言った。


「この『強さ』で守れるものが在るなら」


 

 エン・ルクスは、それはもう安堵した。こんなに重い仕事は初めてだった。

 今までの様な勇者なら、丸め込めただろう。脅しもできただろう。

 しかし、この勇者は一歩間違えば目の前の命を容易く奪える、そういう凄みがあった。


 勇者が良識と優しさのある人間で良かった。世界の命運と、自身の命が懸かった交渉に勝ったのだ。


 だが、ここからの交渉は勝手が違った。



「そんな、いけませぬ勇者殿! いきなり戦場へ出るなど!」



 いくら規格外の体格があったとて、所詮はレベル1。

 本来で在れば、訓練場で飼い慣らしたスライムやゴブリンを相手に戦闘訓練を積み、レベルを上げるところ。


 しかし、勇者はそれを拒んだ。



「こうしている間にも罪のない一般人が犠牲になっているのだろう」



 勇者はこの世界の民を案じていた。とんでもない正義漢だ。それはいい。

 だが、いきなり戦場の魔物と戦うなど、命知らずも良いところだった。


 戦場に出てくる魔物になると一般兵といえど、オークレベル。本来の勇者で在れば、レベル20以上はどんなに優秀でも必要な相手だ。

 それが群れ、しかも統率された軍隊として襲いかかる。あまりにも、無謀。



 それでもこの勇者、一方に譲らない。

 そこでエレディスは妥協案を提示した。


「どうしても行かれると言うので在れば……まず私の兵と戦ってください」




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