第3話 廃病院の霊

 とある廃病院を探索していると、イヴリルが「レイナちゃんレイナちゃん」と呼んできた。


「なにようるさいなぁ」

「このあいだ連れ帰ってきた猫ちゃんなんですけどね。調べてみたらどうも魔獣ではなく突然変異した動物みたいなんですよ」

「なにが違うの?」

「まず第一に攻撃性ですかね。野生動物は基本的に自己防衛や捕食目的以外では攻撃しません。次に知能です」

「知能って?」

「魔獣は知能が高いんです。少なくとも人間の言葉が理解できるレベルが魔獣の基本だと思われます。ほら、この間のナマアシ・クジラもしゃべっていたじゃありませんか」

「あー、まぁ言われてみれば確かに……」


 知能はあっても知性は感じられなかったけどね、と思うレイナであった。


「魔獣ではないですが、念のためこのこもわたくしのデータベースに保存しておきますね。名前は……そうですね、デカ・キャットでなんてどうでしょう」

「あんたのそのネーミングセンスってどうにかならないの?」

「えー、でもこれでも発見済みの魔獣につけられた名前の雰囲気を尊重してるんですけど……」

「ま、データベースに関してはあたしには関係ない話だからどうでもいいわ。それよりその子の名前はミルクだからね。あたしがいないあいだちゃんと様子見ててね」

「任せてください! 基本的にあらゆる課題に対して常に手も足も出ないわたくしですが見てることに関してはそれなりに自信がありますので!」

「はぁ……あんたねぇ……」


 レイナがため息をつくと、左目が何らかの反応をキャッチした。


「むむっ、その周囲に電波反応があります。もしかしたらお宝があるかもしれません」

「ええ、こっちでも反応を確認したわ。どんなものかわかる?」

「そこまではわかりませんがかなり強い反応ですので恐らく送受信機の類かと思われます」

「お、それはいいわね。ぜひ見つけて持って帰りたいところだわ」

「わたくしとしてはそろそろが欲しいところなんですが……」

「それも見つけ次第持って帰るから安心して」

「よろしくお願いします。あ、そういえばレイナちゃん、こんな話知ってますか?」

「どんな話?」

「なんでもそこの廃病院はこんな世界になる前からとある噂が流れてまして、なんでも……ジジジッ……子の霊が……ジジッ……」

「イヴリル? おーい? ……っかしいなぁ、軍事用IP無線のはずなのに」


 突如通信が途絶え不審に思っていると、すぐ近くの部屋から物音が聞こえた。


「……こんどはなにかしら?」


 肩のナイフを逆手に握って扉を開くレイナ。

 ストレッチャーや点滴台が散乱した部屋の中央に、一人の少女が立っていた。


「うわびっくりした!」

「…………」


 黒いおかっぱ頭の少女は無表情のままじっとこちらを見つめている。

 見た目からして年齢は小学校低学年くらい。

 患者服を着ており顔色は真っ白で不健康そうだ。


「あなた、この病院の患者さん?」


 少女はこくりと頷いた。


「どうしてこんなところに残ってるの? パパやママはどこ?」


 少女は首を左右に振った。


「……いないの?」


 少女は首を縦に振る。


「……君、人間……?」


 少女は答えない。

 レイナが生唾を飲んでナイフを握りしめると、通信機からノイズが聞こえた。


「レイ……ナ……」

「イヴリル! よかった通信が復旧したのね!」

「部屋……でて……右へ……」


 とぎれとぎれな上に普段よりも野太い声だ。


「まだ安定しないみたいね……。とりあえず右ね。了解。……あなたも来る?」


 レイナが問いかけると、少女は頷いた。

 ナイフを仕舞い少女と手を繋ぎながら廃病院の中を進んでいく。


「そこを……左……」

「左ね」

「二つ目の角……右……」

「二つ目を右、と」


 指示に従って進んでいくレイナ。

 その間、少女はなにもしゃべらず黙ってついてくる。

 ずっと無表情でどこか不気味感じていると、左目の義眼ですら光を拾えないほど暗い廊下たどり着いた。


「ねえイヴリル。この道は危なそうだわ」

「そこを……まっすぐ……」

「ねえ聞いてる? ここは危険よ。他のルートを――――」

「まっすぐ……」

「んもう、わかったわよ。……あなたはここで待ってて。安全か確かめてくるから」


 少女は頷いて手を離した。

 聞き分けのいい子ね、と思いながら先へと進む。


「ねえ、本当にこの道であってるの? イヴリル?」

「…………」

「ねえイヴリル。返事をして」

「…………ね」

「なに?」

「死ねえええええええええ!」

「なっ――――!」


 通信機から怒号が聞こえると同時に、周囲の暗闇が動き出す。

 暗闇がレイナを包み込もうとしたその時、なにかに首元を掴まれ強引に引き寄せられた。


「ぎゃあ! ……いたた」


 豪快に尻もちをついた瞬間、目の前で暗闇が口を閉じた。


 それは体の表面も口の中も真っ黒な魔獣。レイナはいままさに魔獣の口の中へと自ら入り込んでいたのだ。


「あっぶな! って、でもなんであたし……?」


 なぜ無事なのか不審に思い振り返ると、少女の右腕がワイヤーのような物に引っ張られしゅるしゅると戻っていくところが見えた。


「アンドロイド⁉」

「----ジジジ……ジジ……ナちゃん……レイナちゃん!」

「イヴリル! 今度は本当に通信が戻ったのよね⁉」

「大丈夫です! その魔獣が放っていたジャミングはすべて無効化しました!」

「魔獣がジャミング?」

「その魔獣は恐らく体から電波を発生させる機構をもった生物なんです! 通信網をハックして人間を誘導し捕食するんだと思われます! いわば無線は囮、チョウチンアンコウの発光器官なんです!」

「しゃべるからこそできる人間用のチョウチンアンコウってわけ? 悪趣味!」

「おそらくあの強烈な電波反応もそのムセン・アンコウが原因です! まったく久しぶりのお宝だと思ったのに思わせぶりな魔獣です!」

「いいえ……お宝はあったわ」

 

 レイナはアンドロイドの少女に微笑みかけた。

 少女もまたにこにこと笑っている。


「ええと、それってどういうことですか?」

「後で話す。さーてと、それじゃいっちょやってやりますかぁ!」


 レイナは背負っていた刀の柄に手をかけた。

 

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