第63話 試験期間
綾女と雪奈―ふたりのことで頭がいっぱいだったから、試験期間に入る直前になって、俺は焦ることになった。綾女の方は大丈夫なのだろうか。まあ、地頭が違うから大丈夫だろう。他人の心配をしている場合ではない。とにかく勉強をしないと。俺は試験前二日、ほぼ完徹で頑張った。恐らく大丈夫だろう。
家を出ようとすると見知った女の子に気づく。
「綾女、かなり遠回りになるだろう。いいのか」
「何言ってるのよ、わたしが雄一と通わないなんて、ありえると思う」
俺の方も期待していなかったと言えば嘘になる。家から出る時に、玄関付近にいるんじゃないかと思って出た。もしいなかったら、凄く落ち込んでいただろう。本音はそんなもんだ。
「無理はすんなよ」
「大丈夫、大丈夫。わたしは雄一に会わずに暮らす方が正直辛いよ」
こっちを見る視線が凄く悲しそうだった。来るぞ来るぞ、と待ち構える。
「雄一、寂しかったよー!」
周りを気にすることなく、思い切り抱きついて、離れない。周りを見ると、通り過ぎる人々の生暖かい視線を感じた。ここまでくっつかれていると、正直歩きにくい。恋人なのだから、一人で歩こうよ、なんて言えるわけもない。正直言うと、この会えなかった期間は俺も寂しかった。
俺は綾女の髪の毛を撫でてあげる。
「うーん、もっとして、もっと」
なんか幼児化が進んでないか。俺好みになろうとしてるのかもしれないけども、俺は決してロリコンではない。そう言えば……。
「綾女は、試験大丈夫そう?」
「どうかなぁ? 雄一は大丈夫かな」
綾女は自分のことより、俺のことを心配しているようだ。試験自体は聞いた話を総合的に考えると余裕だろう。
「俺は二日間で、かなり詰め込んだから大丈夫だよ」
「良かった。もし良ければ、今日から一緒に勉強したいな」
「雪奈は文句言わないかな」
「だからね。試験終わった日に待ち合わせて、図書館で勉強するんだよ。今日とか、お昼までだよね。だから終わった後、どうだろうか」
明日の勉強道具は確か、カバンに入れていた。帰りに勉強する機会があるかもと思っていたからだ。
「明日の勉強道具は持ってきているから、大丈夫そうだ」
「じゃあ、試験終わったら、いつものカフェ前で、待ち合わせしよか」
「うん、じゃあ。よろしく」
綾女とは一般教養しか重なる部分がないため、一緒に勉強する効果があるのかは分からないけれども、綾女と一緒にいられるのは嬉しかった。
試験は論文形式で、はじめの声とともに書き始めた。授業で習った範囲しか出ないから、分かっていれば30分もすれば書きあがった。全体的に内容に問題がないか、誤字がないか確認した。
「やめてください」
講師の声とともに本日の科目の試験は終わった。この調子であれば簡単だ。大学の試験は論文形式であるが、丸暗記で対応できる。範囲も言うほど広くない上に、指導教授がヒントをくれるために、毎回出ていたら、落とすことはない。文系学生が勉強しなくなる理由だ。
カフェに行くと綾女が微笑みながら手を振っていた。元AV女優だと広まってるのか、周りでヒソヒソ話が聞こえる。綾女の顔色が曇っていくのが分かったので、行くよと手を握り人があまりいない中庭の木の辺りのベンチに座る。
カフェのすぐそばは混んでいるが、そこから離れるとあまり人がいない。
「ごめんね、本当に。借金完済のためだったけども、抱かれるんじゃなかったな」
綾女は視線を上げて空を眺めていた。雲ひとつない太陽の下、微風が心地よい。日向に行くと汗ばむくらいの暑さだが、ちょうど木陰になっており、そんなに暑くはなかった。
「いや、違うと思う」
「どうして、雄一は、他の人と抱かれた方が興奮する?」
俺の心を覗き見るような視線でじっと見ていた。瞳が揺れ動くのが見えた。溢れて涙がこぼれ落ちそうだ。
「そんな趣味はない。そうじゃなくてさ、俺たちが出会えたのって、綾女がアダルト女優だったからじゃないか」
綾女にとってはそうではなかったのかも知れない。綾女は俺より先に俺の存在を気づいていた。もし、女優になっていなかったら、俺に声をかけたかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。俺たちが出会ったのはあのカフェ巡りの1日からなのだから。
「ありがとう、嬉しいよ」
瞳から一筋の涙がツーッと流れた。もちろん綾女にも、俺の言ったことが偽りであることはわかっている。それでも、俺との出会いがあの1日デートから始まったのであれば、アダルト女優でなければならないのだ。
お弁当を食べて、図書館に移動する。試験期間中と言うこともあり、混雑していた。別に図書館で必要な資料などもなかったため、俺たちは中庭に戻り、ノートを確認しながら勉強した。
「雄一はどんな勉強してるの?」
暫く勉強していると、綾女の視線に気づく。講義で聞いた経済学の話をしてあげると、「面白いね。文学部とかだと思想とかが中心になるから、全く違うね」、と笑った。
勉強をしていると綾女のスマホが、突然鳴った。電話番号は知らないものだった。綾女は俺の顔をじっと見た後、スマホの着信ボタンを押した。
「はい、そうです。酒井綾女です」
あまり顔色が良くない。誰と電話しているのか話の内容が分かりにくい。綾女は答えているだけで、相手の内容がわからなかった。
スマホを切って綾女は瞳をキツく瞑り、俺の方に視線を向けた。怒りを含んだ視線だった。
「大学の事務局から、最近話題になっている話の真偽を聞きたいから、明日来てくれと言われた」
俺は恐れていたことがとうとう来たと思った。川上にも連絡しないとならない。弁護士同席がいいのだろうか。綾女だけで行かせたら絶対だめだ。俺は慌て、川上に電話をかける。
「雄一ありがとう。心配してくれて」
「当たり前だろ!」
――――――
恐れていた学校の呼び出しです。
さてどうなりますかね
今後ともよろしくお願いします。
星いただけたら喜びます
よろしくお願いします。
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