第60話 マネージャー

「ふたりの喧嘩を仲裁してくれませんか」

「綾女と雪奈の喧嘩か。頑張れ!」


 川上は一文だけ送ると既読スルーを決めたようだった。ふたりの仲を取り持つのは、勘弁という気持ちがよく分かった。


 俺もなぎの心で接した。ふたりの喧嘩の相手をいちいちしていたら、命がいくつあっても足りない。ふたりの喧嘩は聞かないふりを決め込んだ。


「雄一はどっちなの?」

「ねえ、雄一くん、わたしの方が好きだよね」


 聞かないふりをして黙々と練習を続ける。ふたりとも可愛くて大好きなのだが、喧嘩をしているのを見ると正直どちらもうざい。贅沢なのはわかる。両方元アイドルで、綾女はきっと今後すごい化け物になりそうだ。雪奈は実績もあり、スノープロジェクトで叩き出した実績は、万が一ここで終わっても後世に語り続けるだろう。もっともここで終わるわけがないだろうが。


 喧嘩をしていても、俺が聞くと的確なアドバイスをくれる。さすが生粋のプロだと思った。本番まで、あと2週間と少し。このまま上手くいけば間に合いそうだ。少なくとも一曲まともに叩けそうに感じた。


 ふたりが大人しくなったので、視線をドラムから外して、前を見た。ふたりとも仲良く話をしていた。アイドルの時のことなど、共通点が多く、俺との恋愛がなければ、きっといい友達になれたのだろうな。服の趣味やセンスが似ているのだ。


 一通りの練習が終わり、自宅まで帰ろうとふたりに伝える。


「わたし、打ち上げにカラオケに行きたい」


「わたしも行きたい。そこで決着をつけようよ」


 どちらから提案したのかカラオケ対決になっていた。どちらも目の前で聞いたことがある。きっと100点に近い戦いになるだろう。評価を誰がするんだよ、と思った。結局、優劣ではなくて、仲直りしたいだけなのだろう。


「じゃあ、楽しんで来いよ」


 たまにはふたりで楽しむのもいいかもしれない、と思って俺は帰ろうとした。


「なぜ、雄一が帰るのよ」

 雪奈が俺の左手を嬉しそうにつかむ。


「雄一は、行きたいよねえ」

 綾女が楽しそうに、だが手はしっかりとつかんで離そうとはしない。


 俺は連行されるような形で、カラオケのある駅前まで行くことになった。ふたりとも凄く可愛くて、断れない。ふたりとも大好きで優劣なんてつけられなかった。俺が決断しなければ、きっと今後もズルズルと行くのだろう。それもいいな、と思う俺もいる。ふたりはそれでいいのだろうか。


 カラオケ前まで来て、見知った女性に会う。あれはスノープロジェクトの時に雪奈に片時も離れずにいたマネージャーだ。雪奈も気づいたのか、慌てて俺から離れた。


「ちょっと、カラオケやめとこうか」


 慌てて逃げようと反対を向いて家に向かおうとした。


「雪奈! やっと見つけたわよ」


 西条薫、マネージャー兼プロデューサーだ。今回の件には関わっていなかったのか。走るのが異常に速い。あっという間に距離が近づき、捕まった。


「何よ、スノプロ引退したんだから、あなたには関係ないでしょ」


「そんなことあるわけないでしょ。あなたは事務所辞めてないよね」


「じゃあ、今辞める。もうアイドルなんか嫌なんだよ!」


 きちんとした話をするには人通りも多く、ここでは人目を引きすぎる。


「俺の家で話しませんか?」


 雪奈は薫を厳しい目で睨む。俺との恋愛を断れと言ったのも薫なんだろうな。雪奈の表情を見れば容易に分かる。



――――――――



「こんなものしかありませんが、どうぞ」


 愛と綾女がコーヒーと簡単なお茶菓子を並べる。俺は部外者なのだろうが、雪奈にとっては関係者になるのだろう。正面に薫、対面に俺と雪奈が座ることになった。綾女と愛は今回の話には部外者になるから、同席するのはおかしい。ふたりとも自室に戻っていった。


「で、どうして逃げ出したの?」


「だから、スノプロ辞めたんだから、わたしの自由でしょう」


「違うでしょ。あなたアイドル辞めてないよね」

 

「認められないなら、アイドル辞めたっていい」


「あなた、自分の立場分かってるの? 分かって言ってるよね。スノープロジェクト辞める時だって、どれだけ大騒ぎになったか」


 スノープロジェクト引退劇。それは突然のことだった。永久センターの雪奈が引退すると言うことは、誰も聞かされていなかった。正面に座るマネージャーだって知らなかったのだろう。それだけ突然のことだったのだ。


「じゃあ、聞くけど、あなたはこれからどうするの?」


「普通に恋愛したい。で、結婚して普通の家庭が持ちたい。それだけが願いなんだ」


「それが出来ないことが分かってるのに?」


 雪奈は目の前に座る薫に、キッと鋭い視線を投げかける。話の流れからすると、勝手に出てきたようだ。


「あなたが、ドラムを教えたいと言ってきた時は、リハビリにはいいか、とわたしも思った。でもさ、雄一くんとは聞いてない!」


 マネージャーの薫にとって、俺の独りよがりの告白は、雪奈との間に大きすぎる亀裂を生んでいたことを今知った。会話の内容からふたりの間でどれだけ激論が繰り広げられたか、容易に想像できた。俺を諦めたのではなかったのだ。諦めきれずにくすぶり続けた結果が今ここにある現実だ、と今にして知った。


 この話をまとめるのはこの三人だけでは不可能だと感じた俺は川上を呼ぼうとラインを送った。事態が大きすぎて、今の俺だけで解決できるものではない。それに、俺はこの話の当事者だ。客観的な意見は言えない。


 薫は有名なマネージャー兼プロデューサーだ。俺の意見なんて一蹴されそうだった。なら、川上ならば……。


 俺は何を望んでるんだろう。雪奈にはずっといて欲しかった。綾女とは肉体関係を結んだ。この気持ちに嘘偽りはない。


 ただ、この時は雪奈がここに残って欲しいと強く願った。


――――――


マネージャー登場です。泥沼化して来ました。雄一くんの優柔不断もそろそろ限界です。


そろそろ決めた方がいいのではないかと。


読んでいただきありがとうございます。


今後ともよろしくお願いします。


星いただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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