第58話 初公判

「綾女、雄一今日行くのは地方裁判所だよ。里帆は知ってるよね」


「ドキドキするね。裁判所なんて初めて行くよ」


 綾女が目を輝かせて、川上に話しかけていた。絶対に勝たなければならない裁判だ。でも、俺たちにとって、裁判所に行くことなんてなかったので、興味が先にあった。


 行く途中で佐藤に紹介してもらった弁護士に会う。俺と綾女だけが初顔合わせで、川上と里帆は答弁書を作成してもらうのに何度も会っていた。


「河野豊弁護士と言うんだ。若いけど凄腕なんだよ」


 川上が言うにはもともとは裁判所の職員をしていて、裁判官になりたくて司法試験を受けたと言う変わり種らしい。司法修習生時代に裁判長を希望したらしいが、激戦だったらしく選ばれなかった。


「それで、佐藤刑事と親しいのですね」


「僕は弁護士なので、お手伝いできることも少ないですが、よく法律的にどうかと聞かれまして、お陰様で本場の警察の方の悩みが理解できました」


 弁護士といえば威厳がある人が多いイメージだが目の前の河野弁護士は、中学か高校の先生のようだった。全く偉そうにせず、女子に受けそうだ。


「河野先生。裁判所というのは、裁判長が前にいて、被告人前へとか言うんですか? 傍聴席にたくさん人がいて……」


 隣を歩く河野は優しそうな表情で、綾女に親切に説明している。


「イメージしてるのは、テレビドラマの法廷だね。刑事事件の大法廷にあたるんだよ。民事事件の場合は、教室くらいの大きさの部屋で行われる。法廷に立つようなこともないんだよ」


「えー、じゃあ話す時はどうするんですか?」


「お互いあらかじめ答弁書が裁判長に提出されているため、その中の文章で分からないことを裁判長が聞く感じだよ。特にこちらから意見を言う時を除いて、話すこともないんだよ」


「異議ありとか言わないのですね」


「はははは、それゲームのやつだね。僕も結構熱中したよ。面白いよね。でもあんな命懸けなら、いくら命あっても足りないと思うよ」


 河野は嬉しそうに笑った。優しそうでイケメンか。薬指を見ると指輪をしていた。結婚してるのか。当たり前だろう、こんな条件なら女が放っておかない。


「イメージと全然違うよ」


 綾女は驚きの表情を浮かべていた。俺たちのイメージしている法廷はドラマの演出のために用意された法廷だ。実際はかなり違うとわかっていても驚いてしまう。


 裁判所に到着した。東京地方裁判所と書かれていた。河野弁護士に案内してもらう。小さい部屋が何室もあるのに驚いた。一室のわけはないが、イメージしていたものと随分と違う。


 目の前には相手の弁護士が座っていた。年配で小太り、偉そうないかにも弁護士先生という風貌の男だった。聖人親子は来ないようで代わりに来たようだ。民事事件では、弁護士だけの方が多いらしい。俺たちは対面の席に着いた。用意された答弁書を読む。里帆のことが克明に書かれていた。俺は里帆を見て確認する。


「これは、プライベートなこと書かれているけれども、読んでいいか?」


「うん、これから戦っていかないとならないから読んで……」


 俺は初めて今回の事件までの経緯を読んだ。俺と別れたところまでは知っている内容そのままだった。それから聖人と付き合う。期間は短かったが性行為があまりに酷く、俺は思わず目を逸らしてしまう。文章とは言うものの一度は愛した里帆に行われた行為は許しがたいものだ。最後の方は、数人が毎晩と書かれていた。こんなの恋愛じゃないだろ、と心の中で叫んだ。言っても仕方がない。望んで行われたかが重要だ。


「これってレイプでいいよな」


 俺は強い口調で里帆に言った。どうしても口調はキツくなってしまう。綾女の隣に座る里帆はハッキリと頷く。許されざる行為だと感じた。それにしても酷すぎる。許すわけにはいかない。俺は下唇を強く噛んだ。他に気になるところはないかと目を通す。読んでいると気になるところがあった。


 何度となく文章に登場する白い粉。白い粉を使う、と言う表現が何度も登場した。説明には快感が得られやすい薬と書いていたようだが、もしかしたら麻薬かも知れない。


「里帆、この白い粉、水に溶いて飲んだ時にどんな感じがした?」


「頭の先から足の先まで感覚がはっきりしたような気がした。最初飲んだ時は吐いたんだよ。何度か飲むうちに慣れて、確かに気持ち良くなった」


「これって、麻薬ですよね」


 俺は川上の隣に座る河野弁護士に確認した。何度か同じやり取りがあったようで、河野は言いたいことがすぐにわかったようだ。


「それがさ、証拠となる物がどこを探しても出て来ないようなんだよ」


 里帆は悔しそうな表情をする。麻薬が見つかれば動かし難い証拠になる。他のことはお互いの意見の食い違いと誤魔化すことができても、麻薬の証拠は動かせない。警察でも見つからないとなると、どこかに隠したのだろう。


「里帆は思い当たるところないかな? 例えば、誰かに渡していたとか。なんでもいいから、証拠が欲しいよな」


「私も考えてはいるのだけれどもね」


 裁判長が入ってくる。真実の証言を行います、と宣誓させて初公判が始まった。聖人達からの答弁書に目を通す。全て本人の同意により、行われたと書かれていた。撮影のことも契約書のコピーが添付されていた。


「こんな契約結んでない!」


 間違いなく虚偽の契約書だろう。名前のところが印字になっていて印鑑が押されている。


「なぜ、自筆ではないのでしょうか?」


 会社でもない限り、自筆で書くのが基本だ。自筆でない文章なんて証拠能力はないに等しい。


「聖人くんも素人でしてな。知らなかったのでしょう。契約の効力はありませんが、証拠能力はあると考えております」


「契約であれば一通は本人が保管すると思いますが、里帆さんが持ってると考えて良いですか?」


「それがですね。失念していて一通しか作らなかったようなのですよ。いやまあ、本人の意思確認のためと思っていたようです」


 こんなのデタラメだ。俺が言うより先に河野が言った。


「これは証拠能力がありませんので、証拠としては認められませんね。裁判長どうですか」


「うむ、確かにこれは証拠にはなりませんね。個人会社であっても仕事をするのならば、契約を交わさなくてはなりません。ルールを守っていない契約は認められませんね。それと性風俗にあたりますので、地方公共団体への許可は取られておられますか?」


 裁判長は、俺達の方が正しいと理解してくれているようだ。すぐに追いうちの一言を放つ。


「まだ調べていませんので、そちらは次の裁判にお持ちいたします」


「わかりました。後証拠となる白い粉、これも裁判を左右しかねません。刑事裁判でもきっと重要な証拠になると思います。できれば里帆さん、傷心の身で大変かと思いますが、思い出してくださいね。次回公判までで結構ですからね」


 これだけ言うと退廷になった。今回はお互いの意見を聞く第一回公判になる。二回目は2週間後になるとのことだった。刑事裁判も始まるだろうから、タイトなスケジュールになりそうだ。


―――――


裁判所のやりとりでした。

恋愛真っ只中ですが、裁判も同時にあります。そして音楽デビューも。


忙しくなりそうですね。


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いつも応援ありがとうございます。

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