第57話 愛と雪奈の共同生活

「ただいま」


「おかえ……り、はい?」


 俺が綾女と雪奈を連れて家に帰ると愛が迎えてくれた。『おかえ』から、『り』までが非常に長かった。凄く驚いて目が点になっている。仲良さそうに右腕を組んでいる綾女。どう考えても、関係を持った後の男女のそれだ。


 驚くのはむしろ左腕の方だろう。こちらも負けない、と雪奈が俺の腕にぎゅっと自分の腕を回していた。必死さが滲み出ていて、負けたくないと言うアピールが凄い。


「えっ、嘘……」


 驚くのも無理はない。スノープロジェクト引退から半年も経っていないのだ。紅白歌合戦でわたし引退します、と言ったことは多くの人の心に残っていることだろう。


 今の俺にだって隣にいるのが不思議なくらいだ。数十分前にホテルに誘われて断ったと知ったらもっと驚くことだろう。


 スノープロジェクトは、テレビでも散々流されてきた。有名なヒットソングも多く、日本で知らないものなど、殆どいない。小さい子供にだって、スノープロジェクトの歌の中で数曲は口ずさめるくらいだ。雪奈は立ち上げ当初から永久センターと呼ばれ続けた。


 人気投票でも必ず一位。二位に落ちることは引退まで一度もなかった。可愛いだけではセンターでいられない。アイドルは可愛くて当たり前。


 雪奈は歌も上手く、ギター、ドラム、ベース、シンセに至るまで全ての楽器がプロ級に上手かった。YouTubeで彼女一人で演奏して繋げた彼女だけのライブが演奏されると、みんな凄いと声を揃えた。


 生粋のプロだった。その雪奈が俺の隣で綾女の方を伺いながら、左腕にいるのだ。愛からすると訳がわからないことだろう。


「雪奈さん、ですよね? あのスノープロジェクトの?」


「引退しましたけども、昔はそうでした」


「なぜ、お兄ちゃんの隣に? しかも……」


 腕まで組んでと言うのを静止して、雪奈は愛に宣言した。


「わたし、雄一さんの恋人にしてくれるまで、帰りません! 話はできているので、どこかお部屋貸していただけますか? あっ、別に汚くても掃除するので、どこでもいいですよ。お金も払います」


 帰りませんからトーンダウンしてきた。申し訳なさそうに言葉を繋いでいった感じがした。雪奈はいいやつだ。きっと俺のドラムの練習代と言ったが、妹の愛にはそう言えなくて、お金を払うと言ったのだろう。


「いえ、お金なんて。雪奈さんがうちに居たいのならば、いつまででも居てくれていいと思います。でも、今部屋がすぐに用意できないから、わたしの部屋に来ませんか?」


 勇気を持って言った。確かに一室あるが、あそこは掃除もあまりしてない。しかもいつ帰ってくるか分からないが、一応父親の部屋だ。仕送りをしてもらってる身なのだから、部屋を勝手に貸すわけにはいかないだろう。


「愛さんが嫌でなければ……」


「嫌なわけ、嫌なわけないですよ!」


 愛の目が輝いていた。普通の一般女子の反応だろう。凄く嬉しそうな表情をしている。


「じゃあ、わたしは愛さんの部屋に行きますね」


 雪奈は俺をじっと見て、腕を離した。隣で組んでいる綾女からも、離させようとする。


「フェアに行きましょう。私たちライバルですよね。正々堂々と戦いましょうね」


「うん、分かった」


 両腕を離した俺を愛が手を握ってリビングに連れて行く。残された二人は納得した表情で見送っていた。


「どう言うことなの?」


「どう言うことって? 綾女のことか」


「綾女さんとは、そのエッチしたんでしょ。何となく分かった。それはいい、よくはないけど、仕方ないとは思う。じゃなくてさ、雪奈さん!」


「雪奈は、俺のドラムの先生なんだ」


「えっ? ドラムの先生ってあのおっさんじゃなかった」


 おっさんは失礼だろと心の中で思う。年齢的にはそうかもしれないが、溌剌としていて、かっこよかったけどな。


「忙しくなってきたらしい。それで雪奈を指名してきた」


「はい? なぜ雄一は名前読み、しかも呼び捨て?」


「俺スノープロジェクトのファンだっただろ。あの時、一度告白したんだ、忙しいと振られたんだけどね」


「勇気あるよなぁ、ただの一般人があの雪奈さんに告白するなんて、全ファンに殺されかねないよ」


「まあ、俺も若かったと言うか。その時は振られたんだけどね」


「まあ、当たり前のことだよね。それが、なんで腕まで組んでるの?」


「雪奈は、仕事があるから付き合えないと言ったんだ。俺は振られたと思った。でもさ、そうじゃなかったんだ。実はさ、……」


「嘘、……でしょ。あのアイドルよ。確かに元かも知れないけども、未だに雪奈は今度は何をするのか、って期待してる人も多い。しかもアイドルを辞めたんじゃなくて、スノープロジェクトを辞めただけで、アイドル活動は休止になってたはず……」


「雪奈は、そこら辺話さなかったから、分からないんだけどもさ。アイドル辞めたから付き合いたいと言ってきた」


「モテ過ぎだろ、いくらなんでも。ドラクエで言えばレベル1でボスを倒してしまうようなもんだよ」


 慌てて話している。あまりの驚きに瞳が大きく見開いていた。


「それにしても大丈夫なの? 今でも雪奈はどこにいるのか、と探してるファンがたくさんいるんだよ。バレたらえらいことになるよ」


 俺は頭を抱えた。それだよなあ、勢いで連れてきたけども、冷静に考えたら勇気をありすぎるだろう。マスコミの格好のネタにされそうだった。


「目立たないようにするよ。今は綾女の家―スタジオとの往復しかしない予定だからさ」


「まあ、良いけどもね。ね、雪奈さんわたしの部屋案内しても良いかな」


 驚きが落ち着くとミーハーな関心が支配したようだ。俺がいいよ、と言うと走っていった。


「雪奈さん、わた、わたしの部屋案内するから来てよ」


 ドタドタの2階までの階段を雪奈を連れて行ってしまう。


「なんだかな、一番浮かれてるの愛じゃないかよ」


「愛ちゃん、嬉しいだろうね。いいんじゃないかな。ふたりは相性も合うだろうしね」


「綾女はいいのか。こんなことになっちまってさ」


「私にとっては、一緒になれただけでも充分だよ。もし、別れても雪奈さんなら、仕方ないかな。そうならないように、頑張るよ!」


 綾女もそれだけ言うと自分の部屋に入ってしまう。一人残された俺は、じっと二階を眺めていた。


「うわ、凄い雪奈さんおっきい。しかも柔らかいよ」


「だめよ、だめ。そんなとこ、あっ、触っちゃ」


 何してんだよ。声の内容が俺を妄想の舞台に連れていってしまう。下を見ると元気だった。何考えてんだよ、俺。失礼にも程がある……。


 俺も自分の部屋に入る。テレビをつけると、引退ライブの映像が流れていた。あの雪奈、引退から半年。今後の展開は、と言う題名だった。


 騒ぎにならなければ良いのだけれども、と俺は単純に思った。川上の雪奈への狙いは、ライブなのだろうか。もし、出演してボーカルを綾女と一緒にやったら、日本一のグループへと一気に駆け上がりそうだった。


 川上なら考えそうだよな。スキャンダルだけは避けないとな、俺はベッドへ横になった。


 隣では女子トークが繰り広げられていた。微笑ましい光景だよな。まさか、こんな普通女子の仲良しトークを雪奈がしてるなんて、日本全国大勢いても、誰も思わないだろう。


「お兄ちゃんのどこが好きなの?」


「全部だよ」 


「全部って、わかんないよ」


「だよね、気がついたら、もう好きでたまらなくなってた」


「そんなもんなのかなあ。ちなみに、私もお兄ちゃんが好きだよ」


「兄妹仲いいんだね」


「いえ、わたしは男としてお兄ちゃんが好きなんだ」


「ふぇえ、じゃあ愛ちゃんもライバルなんだね」


 おいおい、凄い会話が繰り広げられてるけど、大丈夫かよ。近親相姦は犯罪じゃないけどな。などとどうでも良いことを考えながら眠りに落ちていった。


 突然、スマホの着信音が鳴った。川上の声が聞こえる。雪奈のこと話した方がいいか悩んでいると川上は結論だけ言ってきた。


「聖人の裁判、明日だから行くよな? もちろん民事の方だ」


「はい、もちろん行きます」


 明日は里帆が証人として証言するのだろう。隣の綾女にも連絡が来たのか、ノックする音が聞こえた。俺がドアを開けると真剣な表情で俺を見ていた。


 負けるわけには行かない、俺は両手を握りしめた。


―――――


明日は民事裁判の一回目の口頭弁論です。

よろしくお願いします。


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